アーセナルの今夏の移籍市場は、ここ数年で最高のビッグサマーとなった。選手獲得に費やした資金は2億6000万ポンドと伝えられ、日本円にしておよそ520億円にものぼる。これまでも夏には決して少なくない資金を投入してチーム強化に努めていたアーセナルだったが、今夏の動きは素早く、かつ的確なもので、実力者を次々と獲得していった。
獲得を主導したのは昨季末に加入した新SDのアンドレア・ベルタ。アトレティコ・マドリードでアントワーヌ・グリーズマン、ヤン・オブラク、ルイス・スアレスらの獲得に尽力してきたベルタはさっそくその辣腕をふるい、アーセナルに強力なスカッドをもたらしている。新加入の選手は8名。GKケパ・アリサバラガ(←ボーンマス)、DFクリスティアン・モスケラ(←バレンシア)、DFピエロ・インカピエ(←レヴァークーゼン)、MFマルティン・スビメンディ(←レアル・ソシエダ)、MFクリスティアン・ノアゴー(←ブレントフォード)、MFエベレチ・エゼ(←クリスタル・パレス)、FWノニ・マドゥエケ(←チェルシー)、そしてFWヴィクトル・ギェケレシュ(←スポルティングCP)である。
このうち、スビメンディだけはベルタの主導ではなく、昨季のうちから獲得が進められていた選手だ。トーマス・パルティとジョルジーニョの退団によってアンカーのポジションを埋める必要があったアーセナルだが、スビメンディはまるで長くチームにいるかのように違和感なくフィットし、卓越したゲームメイクのセンスを見せている。
スビメンディはトーマスとはタイプが違うアンカーだ。トーマスは長いリーチと的確な読みでボールを刈り取り、素早く前線に届けるプレイを得意とした。いわばボールのベクトルを自陣方向から敵陣方向へ反転させるプレイだ。
スビメンディは少し違う。ボールを刈り取るのも苦手なわけではないが、真骨頂はそこから展開するプレイだ。センターバックの間に降りたり、相手選手の間に入ったり、ビルドアップの突破口を作り出す。敵ゴール方向だけでなく、さまざまなベクトルを示してボールの進む道を導くのだ。ボールを持ちながら相手をかわすプレイも得意で、スビメンディがボールを持つことでアーセナルのボール回しにはリズムが生まれてくる。スペインでは中盤の底の選手「ピボーテ」がゲームを作るという伝統があるが、スビメンディはまさにそんな選手といえる。
アーセナルは昨季、徹底して低いブロックを敷く格下のクラブを攻略しきれず勝点を落とした試合がいくつもあった。スビメンディの加入は、こうした相手を崩して攻略するためのアイデアをいくつも提供してくれるはずだ。
もう1つ、相手から勝点をもぎ取るために待望されていたのがストライカーだ。マンチェスター・ユナイテッドに加入することになったベンヤミン・シェシュコもターゲットとなっていたが、最終的に迎え入れたのはギェケレシュ。昨季ポルトガルで公式戦52試合54ゴールを奪ったストライカーがアーセナルのラストピースたりうるかという点は、今季の大きな注目ポイントだ。
ガブリエウ・ジェズスともカイ・ハフェルツとも違う「いかにも9番」というタイプのギェケレシュがアーセナルにフィットするのかどうかは、懸念点でもある。プレシーズンマッチも含めてギェケレシュが出場した数試合において、ボールへの関与の少なさでさっそく批判も受けている。しかしそれはマンチェスター・シティのアーリング・ハーランドも同じこと。ゴールという結果を導けば、タッチ数の少なさなどどうでもよい話だ。そのためにギェケレシュがどうアーセナルに適応するのか、あるいはチームがギェケレシュにどう得点を取らせるのかを工夫することが重要になる。
第2節リーズ・ユナイテッド戦ではPK含む2ゴールを決めてみせたギェケレシュだが、この試合にヒントがあった。ギェケレシュは後半早々に、左サイドに空いたスペースに走り込んでボールを受け、左からカットインする形で得点を奪っている。この形はスポルティングCP時代にもよく見せていた、同選手の得意の形だ。
ギェケレシュがカットインする形を作り出すまでに、アーセナルのパス回しには意図的に左のスペースを突く狙いが見てとれる。ギェケレシュにラストパスを出したのは中盤中央に入っていた左SBのリッカルド・カラフィオーリだったが、その前の形を見てみると、CBのガブリエウ・マガリャンイスがタッチライン際を戻ってきた左ウイングのマドゥエケにパスを出すところから始まっている。戻るマドゥエケに対面のサイドバックであるジェイデン・ボーグルが付いてきており、背後にスペースができた。
さらにデクラン・ライスが少し前に出て右CBのジョー・ロドンを引きつけることで、ギェケレシュはマークについていたパスカル・ストライクと1対1で勝負する形に持ち込むことができている。マドゥエケからのパスを受けたカラフィオーリが背後のスペースにパスを出すと、あとはギェケレシュが突進しストライクを振り切って得意の形に持ち込むだけだった。
これは、右一辺倒といわれたアーセナルの攻撃の形に変化をもたらすものでもある。ブカヨ・サカ、マルティン・ウーデゴー、そして右SBのベン・ホワイトもしくはユリエン・ティンバーが絡んで右から崩す形はアーセナル得意のパターンだが、アーセナルが右から崩してくることは相手も熟知しており、攻撃の停滞を招くことも少なくなかった。前述のとおりアーセナルの左SBはMF化して中央に入ることが多いため、左ウイングのガブリエウ・マルティネッリやレアンドロ・トロサールは孤立しがちで、なかなかチャンスを作り出せないのも悩ましい点だった。左に流れることを得意とするギェケレシュの動きを活かすことで、アーセナルは左サイドからもチャンスを広げることができるようになるはずだ。