2016年夏に名将ジョゼップ・グアルディオラが指揮官に就任して以降、この9年間で18個ものタイトルを獲得。悲願であったビッグイヤーの獲得をはじめ、前人未到のプレミアリーグ4連覇を成し遂げるなど、マンチェスター・シティは「史上最強・最高」のチームと呼ばれるまでに成長した。
しかし、ペップ体制10年目の節目を迎えた今季、そんなチームが大きな転換期を迎えている。今夏の移籍市場で守護神エデルソンや中盤のイルカイ・ギュンドアンら長年の功労者たちが退団。さらに、ペップ・シティの象徴であったケビン・デ・ブライネまでもがチームを去ることとなったのだ。
ただ、決して悲観することはない。シティは実力者や勢いのある若手でしっかりと穴埋めを行なっている。特にラヤン・チェルキとタイアニ・ラインデルスの補強によって、中盤はうまく若返りを図れたのではないか。最強ペップ・シティの新時代の幕開けだ。
ペップ・シティは新たな領域へ 時代を変える期待の新戦力たち
多くのタイトルをもたらしてきたデ・ブライネ。昨季をもって10年間プレイしてきたシティに別れを告げた photo/Getty Images
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プレミアリーグ開幕戦は4-0とウルブズに快勝。しかし、続く2試合はスパーズ、ブライトンに連敗。昨季の失速が頭をよぎるかもしれないが、今季のシティは昨季とは違っていて同じ轍を踏むことはないだろう。違う問題を抱える懸念はあるが新たな領域に踏み込もうとしているようだ。
ポイントは「脱・デ・ブライネ」。シティの栄光はケビン・デ・ブライネとともにあった。昨季は負傷のために出場機会を減らし、今季からセリエAのナポリへ移籍している。昨季の失速はロドリの長期負傷離脱も大きかったが、デ・ブライネのコンディション低下は切実な問題だった。
ペップ・グアルディオラ監督の指向するプレイスタイルはバルセロナ時代から一貫していて、バイエルンでもシティでも常に新たな試みはしているが大枠は変わらない。ただ、どんな選手がいるかによって違いはあり、そこにこの監督の面白さもある。戦術だけではカバーできない部分に、選手との化学反応によって何かを創造していく。シティではデ・ブライネがその特別な選手だったわけだが、今季は新たな人材を得ている。
ミランから加入したラインデルス。ウルブズとの開幕戦ではゴールも決め、勝利に貢献した photo/Getty Images
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新加入のタイアニ・ラインデルスは中盤の活性化に重要な役割を果たしている。すでにオランダ代表の中心選手となっているMFは正確な技術だけでなく、守備でのハードワークができて、前線への飛び出し、得点力も兼ね備えた現代的なオールラウンダー。中盤の運動量とインテンシティが減退していたシティにはうってつけの人材だろう。
ただ、ラインデルスはデ・ブライネの後継者というより、イルカイ・ギュンドアンに代わる人材に近い。ベルナルド・シウバと並んで組み立て、攻守をオーガナイズしていく存在として期待される。
ラヤン・アイト・ヌーリは待望の左SBだ。シティは左SBの人材を欠いていた。ヨシュコ・グバルディオルやナタン・アケなどが起用されてきたが、いずれも本職ではなかった。アイト・ヌーリは左SBを本職とするレフティである。とはいえ、ちょっと変わったタイプでもある。
細身の技巧派。外も中も問題なくプレイできるところは偽SBが常態化しているシティの戦術に合っている。しかし、アイト・ヌーリはどこか飄々としていて人を食ったようなトリッキーなプレイをする。長くレアル・マドリードで左SBを務めたマルセロと似ていて、独特のつかみどころのなさ。もちろん守備はしっかりやっているが、どことなく戦術にはまりきらない雰囲気を漂わせている。グアルディオラ監督の構想に合うのか合わないのか、よくわからない。しかし、だからこそ化学反応が起こりそうな気配もあり、それでもう1人の新加入選手にはより濃厚で、つまり意図的に異色なタイプを補強しているのかもしれない。
脱・デ・ブライネの本命はラヤン・チェルキではないかと思われる。
異色さが際立つテクニシャン タイミングを操るチェルキ
新戦力ながらシティの10番を背負うこととなったチェルキ photo/Getty Images
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リヨンから獲得したチェルキは22歳、開幕のウルブズ戦で交代出場すると17分間で初ゴールを決めた。第2節のスパーズ戦で負傷、2カ月間の離脱と報道されている。
アイト・ヌーリも異色だが、チェルキは異色中の異色。ラインデルスが精巧なスキル、献身的な運動量、攻守にそつのない、現代の模範的MFとすると、チェルキはそれとは全く違う。エキゾチックと言ったらいいだろうか。現代サッカーの文脈からかなり外れた選手である。
テクニックは超絶的。そもそも利き足がどちらかわからない。両足利きではウスマン・デンベレが有名だが、チェルキはそれとはまた次元が違っている。見た限りではキックはたぶん右足の方が得意なのだと思う。ところがドリブルで使うのは主に左足。通常、細かいタッチは利き足で行う。キックに関しては利き足でない方は細工が効かないぶん、素直な蹴り方になるのでそちらが得意という例はある。しかし、どうもチェルキは右利きらしいのだ。
ウルブズとの開幕戦。チェルキは73分からピッチに立つと、PA手前の位置から右足のコントロールショットでさっそく移籍後初ゴールを決めた photo/Getty Images
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ともあれ両足を完璧に使いこなせるので、タイミングの操作が普通の選手とは違っている。両足のインサイド、アウトサイドを使えるからだ。早くもできるし遅くもできる。そこにボールタッチの精密さを加えると、おそらく普通の選手とは違うものが見えている。
使える時間が違うので使える場所も違い、簡単に言えばごく狭いスペースで何かを創り出せる。プレイするときの単位が違う選手。通常がメートル単位なら、チェルキはセンチメートルでプレイする。
運動量もスピードもそれなりにあるが、チェルキの特長は隔絶したテクニックと付随するアイデアの意外性だ。似たタイプとして思い浮かぶのは、1980年代に活躍したコロンビアのカルロス・バルデラマ、あるいは70年代のロベルト・リベリーノ、もう少し現代に近づけるとグアルディオラ監督もよく知っているチアゴ・アルカンタラ。いずれも異色さが際立つテクニシャンだが、チェルキはそれ以上かもしれない。
合理性を超える理不尽 ペップらしい奇妙さ
シティの絶対的エースであるハーランド。開幕戦では2ゴールの活躍を見せた photo/Getty Images
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現代的というより、むしろ古典的かもしれないチェルキ。グアルディオラのシティに限らず、どんなチームでもどうはまるか見当がつかない異色さなのだが、それをわかっていて獲得しているわけだから何か考えがあるのだろう。
シティのフィニッシュはCFアーリング・ハーランドに集約されている。ハーランドも異色のCFだ。
届きそうもないラストパスでも届いてしまう。スピード、高さ、リーチが規格外。驚異的なペースで得点を量産してきた。ハーランドの特性を最もよく引き出していたのがデ・ブライネだった。普通の選手ではシュートできないパスでもハーランドならできる。デ・ブライネは規格外のストライカーへ規格外のラストパスを供給していた。
シティの攻撃はもともとウイングの突破力に依存している。偽SBもウイングへの供給路を開けるというのが目的であり、1対1で突破して決定機を作ることがウイングに期待されている。ゴール前へクロスボールを送れば、多少ずれてもハーランドが得点に換えてくれる。その点で、オスカー・ボブの復活は大物補強に匹敵するものだ。
ジェレミー・ドクの左サイドだけでなく、ボブの負傷からの回復で左右に無双のウイングを揃えられた。ハーランドがより得点できる条件になったわけだ。
今夏の移籍市場で最も不可解な移籍と言っても過言ではない。PSGに悲願のビッグイヤーをもたらすも、まさかの戦力外通告を受けたドンナルンマはシティへ photo/Getty Images
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では、チェルキはどんな役割を期待されているのか。
組み立ての構成とウイングまでのお膳立てはベルナルド・シウバやラインデルスがやってくれる。両翼も揃った。
ウルブズ戦、チェルキはハーランドと交代で出場している。本格派9番のハーランドとは異なる偽9番として。チェルキが登場すると、シティの攻撃はサイドから中央突破にシフト、そしてチェルキがワンツー崩れからゴールしている。
ハーランドとチェルキではCFとしての機能もプレイスタイルも違いすぎるので、相手が面食らったところはあったと思う。だが、ハーランドの交代要員としてチェルキを獲得したとは思えない。ハーランドとチェルキを結び付けてこそポスト・デ・ブライネになるはずだ。
異色の10番と異色の9番がどう結び付くのかはまだわからないが、そこに何かが生まれる期待があるからチェルキを獲得したのだと思う。
非常に合理的なシティのスタイルだが、そこに不合理に思えるものを加え、理不尽な効果を出そうとするのはグアルディオラ監督らしい奇妙さであり、魅力でもある。当初、その先進性に周囲がついていけなかったグアルディオラの戦術も、すっかり解読され異質ではなくなった。しかし、ここでまた見たこともない何かが生まれるとしたら、シティが再びプレミアの盟主に返り咲くかもしれない。
文/西部 謙司
※電子マガジンtheWORLD309号、9月15日配信の記事より転載