[特集/試合を創る守備者達 02]チームの生命線を握るサイドバック

 近年、最も重要なポジションになったと言っても過言ではないのがサイドバックだ。ひと昔前まで、同ポジションを任される選手に求められていたのは、サイドを上下動するためのスタミナや味方にチャンスを提供するクロスの精度が主だった。名脇役がこなすポジション。SBにこのようなイメージを持っていた人も少なくないだろう。

 しかし昨今、同ポジションには従来の役割を超えて、さまざまなタスクをこなす人材が急増中。献身性やクロス精度の高さはもちろんのこと、ときに彼らはゲームメイカーやフィニッシャーにその姿を変えていく。その多様性は、現代サッカーでいま花開いている。

もはやサイドでもバックでもない 万能性を活かしたマルチタスク

もはやサイドでもバックでもない 万能性を活かしたマルチタスク

SBながら自由なポジション取りでチームの司令塔としても機能するカンセロ。状況判断の速さと正確性で彼の右に出る選手はそういない photo/Getty Images

 マンチェスター・シティのジョアン・カンセロのプレイが「偽サイドバック」の域を超えて「カンセロ・ロール」と呼ばれはじめたのは昨季だった。

 偽SBはジョゼップ・グアルディオラ監督がバイエルン・ミュンヘンを率いていたときに注目された。左SBのダビド・アラバがインサイドにポジションをとり、さらにそこから左のハーフスペースの最前線まで出ていく動きは「アラバ・ロール」と呼ばれた。

 カンセロも同じように覚醒した感がある。アラバは左専門だったが、カンセロは左右の両サイドをこなしている。後方でビルドアップに関与し、1つポジションを上げてパスを散らす。さらに上がってクロスボールやスルーパスを供給し、ときにはフィニッシュにも絡む。もはやSBなのかどうかもわからない。サイドにいないし後方でもないからだ。
 カンセロのポジションはSBというより、かつてのハーフバックに似ている。5人がフォワード、5人がバックスという構成のなかで、フルバックよりも前方に位置する守備の選手のことをこう呼んだのだが、これは攻めるときに[2-3-2-3]のようになる現在のシティと形のうえでは近い。つまりカンセロは、90分間の多くの時間でいわゆるSBとしてプレイしていない。

 攻め込んだときのバックパスの預けどころとして、あるいは相手にカウンターされたときの中盤の防波堤としても機能している。これがあるから、シティはクロスボールに対しペナルティエリアへ4人の選手を送り込むことができ、そのゴール前の人海戦術ができるからCFは誰でもいいという文字通りの「偽9番」が成立している。

 プレミアリーグ第13節、ウェストハム戦の先制点はその典型だった。カンセロが左から右へサイドチェンジのパスを通し、その瞬間に4人がボックス内へ突入している。サイドチェンジを受けたリヤド・マフレズもペナルティエリア右側に侵入していたので、この時点では5人だった。マフレズの低いクロスをイルカイ・ギュンドアンが決めている。

 シティでは、実は右SBも役割は変わらない。カイル・ウォーカーも同じ動きをこなしており、彼もまた「カンセロ・ロール」の役割を遂行しているのだ。ただし、カンセロとは特長が違うので効果も異なる。攻撃面でカンセロほど器用でないが、ウォーカーはカウンター対応で大きな働きをみせている。前へ出て潰す強さは抜群、スペースへ走られたときも1対1をほとんど止めてしまう。このカウンター迎撃能力はイングランド代表でも絶大な保険になっている。

ときにはゴール前にも顔を出す機動性に優れたウインガー型SB

ときにはゴール前にも顔を出す機動性に優れたウインガー型SB

2015年に15歳5カ月という若さでプロデビュー。2019年冬にバイエルンへ移籍するとウイングからSBへとコンバートされブレイクを果たした。同年のブンデスリーガ新人賞を受賞し、以降も抜群のスピードを生かしてチームの左サイドを活性化させている photo/Getty Images

 カンセロが注目される1年前の2019年、アルフォンソ・デイビスがバイエルン・ミュンヘンで左SBとしてプレイしはじめる。当時のハンジ・フリック監督によるコンバートだった。

 デイビスは基本的には従来型のタッチライン際を上下動するSBだ。ただし、規格外のスピードを活かした動きはまるでウインガーのようで、SBの域を超えている。

 シティと同じくバイエルンもクロスボールが入ってくるときには、多くの人数をペナルティエリア内へ送り込んでいるが、そこにいる選手のオリジナルポジションは少し違っている。シティは3トップと2人のインサイドハーフのうち、クロスを蹴らない4人がボックスに入るが、バイエルンはロベルト・レヴァンドフスキ、トーマス・ミュラー、ボールと逆サイドのサイドハーフのほかにプラス1人。このプラス1人がデイビスになっている。

 デイビスが左からクロスを蹴るときにはMFのレオン・ゴレツカがゴール前へと入っていくが、右からのボールならデイビスが突入していく。逆の右SBがボックス内へ行くことはあまりない。これは単純に間に合うかどうかの違いだろう。デイビスの場合、あまりにも足が速いので間に合ってしまうのだ。クリアされた場合でも自分の守るべき場所まで戻るのが速い。そのスピードが、ゴール前のプラス1人ないし2人という優位性を作り出している。

 バルセロナのジョルディ・アルバも、デイビスと同じく上下動型の左SBだが、やはり特殊な性格を帯びている。

 ジョルディ・アルバもデイビスほどではないが足が速く、ペナルティエリアへの侵入が特徴的だ。ジョルディ・アルバの場合はボールが自分のサイドにあるときにボックスへ入って行く。

 ドリブルで推進力を発揮するデイビスとは対照的に、ジョルディ・アルバはボールなしのフリーランニングで敵陣深く入り込む。バルセロナのパスワークで相手MFがディフェンスラインに吸収され、2ラインが接近して束になった瞬間にジョルディ・アルバが大外からスタート、相手ディフェンスラインの裏でパスを受け、一気にボックス内まで突入してクロスというのが十八番だ。フリーランのタイミング、トップスピードでのコントロールがポイントで、アメリカン・フットボールのワイドレシーバーの動きに似ている。

一発で局面を打開するA・アーノルドの“キック力”

一発で局面を打開するA・アーノルドの“キック力”

今季プレミアトップの得点数を記録しているチームを、A・アーノルドは高いキック精度で支えている。21-22シーズンに記録している87本のロングパス成功数は、プレミアリーグのDF中トップの数字だ photo/Getty Images

 リヴァプールの右SB、トレント・アレクサンダー・アーノルドも動きは従来型でありながら、特殊能力でSBの枠を超えている。強烈なキック力が武器だ。

 長い距離でも精度と速度のあるパスを届けられる。かつてのデイビッド・ベッカムのようなクロッサーだ。上下動のスピード、パスワークの器用さもあるが、A・アーノルドのキック力は桁外れである。

 例えば、左SBのアンドリュー・ロバートソンまで一瞬で飛ばしてしまうサイドチェンジ。相手チームがリヴァプールに対してプレスを行う場合、基本的に逆サイドのSBはノーマークになる。ボールサイドに人を集めていくからプレスの圧力が高まるので、ボールからもゴールからも遠い逆のSBへのマークはしないか、優先順位は最も低い。そこへSBからSBへの一発のサイドチェンジをされてしまうと、受けたほうのSBはフリーなので楽々とドリブルで持ち上がれる。せっかくのプレスが水の泡になるわけだ。

 ベッカムやロベルト・カルロスもこうしたサイドチェンジを得意としていたが、キックの飛距離や精度だけでなく速度もないと効果は薄い。その点でA・アーノルドは三拍子揃っている。

 右ウイングのモハメド・サラーをサポートした後のクロスボールも正確で、これもチームの重要な攻め手だ。単純な斜めのクロスボールは効果が薄そうにみえるが、A・アーノルドのキックの精度の高さでチャンスに結びついている。直接シュートできなくても、こぼれ球になればネガティブトランジションが速いリヴァプールにとっては十分でもある。セカンドボールの回収力が高く、そのほうが相手の守備も整っていないので攻めやすい。A・アーノルドのキック力はリヴァプールらしい攻め方に貢献している。

 今回紹介した5人を筆頭に、現代のフットボールシーンでは従来のSB像を覆すプレイヤーが増えた。おそらく、それは後方での組み立てを重視するチームが増加していることが大きく関係している。

 ビルドアップ時、タッチラインを背にフリーで立っていることが多く、基本的にパスを受けてからそれなりの時間の余裕もあるのがSBだ。そこを有効活用しない手はなく、攻撃側はSBにボールをつけてからいよいよ崩しにかかる。そこからどのように振る舞うかはそれぞれ個性が出るものの、基本的にビルドアップの中継地点となることの多いSBは、現代サッカーにおいて生命線と言って差し支えないポジションになった。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD264号、12月15日配信の記事より転載

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