[特集/今季こそアーセナル! 02]補強で完成した戦いのビジョン 悲願へ向けて進化する最新アルテタ戦術

時が過ぎるのはあっという間で、2019年12月にミケル・アルテタがアーセナルの指揮官に就任してからまもなく丸6年の月日が経とうとしている。この6年を振り返ってみると、決して簡単な道のりではなかった。就任初年度こそカップ戦のタイトルを手にしたものの、その後は主要タイトルを手にすることができず。それどころかリーグ戦での苦戦により欧州大会への出場を逃すシーズンもあった。

しかし、アルテタは一貫性のある自身のサッカー哲学や戦術のもと、着実にアーセナルを甦らせていく。直近では、リーグ戦で3季連続2位。2023-24シーズンには悲願のプレミアリーグ制覇へあと一歩のところまで迫った。

そして、アルテタ体制7年目を迎えた今季、成熟したチームはさらに強固なものに。夏の積極補強も相まって、指揮官が理想とするフットボールをより安定して表現できるようになってきた。プレミアリーグ制覇へ向けて進化するアルテタ戦術に迫る。

構造で守ることが安定感の源 常に勝利に近い状態でプレイ

アーセナルを率いて7年目のシーズンを迎えたアルテタ photo/Getty Images

今季のアーセナルは磐石になっている。それゆえの弱点もあるのだが、プレミアリーグ第11節時点で首位をキープ(8勝2分1敗、勝ち点「26」)。優勝の最有力候補だろう。

第10節までの失点はわずかに3だった。CBガブリエウ、ウィリアム・サリバが強固だが、それよりも守備の「構造」を作れていることが大きい。アルテタ監督は「デュエルやタックルが守備だと思われているが、構造を作ることが重要」と語っている。

構造とは、簡単に言えばボールを失う場所を決めていること。アーセナルは敵陣のサイドにボールを運ぶ。ここがボールを失っても良い場所だ。サイドの深い場所で失ってもカウンターは受けにくい。さらにアーセナルはサイドに強力なウイングを擁している。右のブカヨ・サカ、左のガブリエウ・マルティネッリ、レアンドロ・トロサールは1対1に強く、さらにSBのサポートもあり、ボールをサイドで失うことは少ない。多くは相手ゴール前、ペナルティエリア内だ。そのためクリアボールを回収して攻撃を継続できる。つまり、ボールを持っていてもいなくても、敵陣でプレイしている限り得点のチャンスがあり、失点の危険が少ない。常に勝利に近い状態でプレイしていることが今季の安定感の源になっている。

かつてジョゼップ・グアルディオラ監督は自らを「世界一守備的な監督」と言ったことがある。攻撃サッカーの権化のようなペップが「世界一守備的」は奇妙だが、それは「ボールを保持したいから」と説明していた。ボールを保持しているかぎり失点はしない。だから「世界一守備的」というわけである。ミケル・アルテタ監督も基本的な考え方は同じ。ボール保持を得点するためだけでなく失点しないための手段として使っている。

ボールを失う場所を決めているアーセナルは、攻撃時にすでに守備陣形を整えていて、ペナルティエリアを包囲している。守備に切り替わった時の反応が速く、とりわけボールより相手ゴール側にいる選手のプレスバックが速い。そのため奪われてもカウンターされる前に奪い返してしまう。ハイプレスをかいくぐられても、広範囲をカバーできるガブリエウ、サリバが控えている。ボール保持を活用して守備構造を作っているうえに、守備能力の高い個も揃えているので異様なほど失点が少ないわけだ。

的確な補強により全く穴のないチームに

今夏にソシエダから加入したスビメンディ。すぐさまチームにフィットし、ここまでリーグ戦全試合に出場 photo/Getty Images

ボール保持による押し込みとハイプレス。この勝利の循環を確立したのはバルセロナを率いていたグアルディオラ監督で、アルテタはシティでペップのアシスタントコーチだった時期もあり、その戦術を守備の要ストーンズこれをカバーする手継承しているが、さらに全方位的だ。

保持だけでなく鋭いカウンターアタックがあり、ハイプレスできない場合のミドルゾーンでの守備ブロックも固い。勝利の循環を補強した、より強固なチームに仕上げたのが今季といえる。

マルティン・スビメンディの補強が大きい。守備力があり、それ以上にボール保持の安定に貢献している。攻守循環を司るキーになる最も重要なポジションだった。

ガブリエウ・ジェズスとカイ・ハフェルツの長期離脱で不在だったCFにはヴィクトル・ギェケレシュを獲得した。開幕から10試合に先発、4得点はチーム最多スコアラーではあるが、スポルティング時代の66試合68得点というゴールゲッターぶりからすると期待外れという批判もあった。ただ、時間の経過とともにギェケレシュの貢献は評価されるようになっている。

押し込んでハイプレスの循環を軸とするアーセナルにおいて、ギェケレシュはまず相手ディフェンスラインの背後への飛び出しでラインを押し下げ、飛び出しからのキープで味方が押し上げるための時間を作っている。ハイプレスを先導する役割も献身的にこなす。10試合中7試合はフル出場。ストライカーとしてはかなりの稼働ぶりだ。それだけのスタミナがあるわけだが、得点以外でも攻守に重要な存在だからだろう。

キャプテンのマルティン・ウーデゴーの負傷欠場が増える中、エベレチ・エゼの存在も大きい。プレイメーカーのウーデゴーと違ってセカンドトップに近いタイプだが、アーセナルの戦術への順応が早く、機動力と推進力を発揮している。

どういうサッカーで勝利するのか、アルテタ監督は就任当初から青写真があったと思う。的確な補強によって今季それが完成した。セットプレイも武器になっていて、全く穴のないチームに仕上がっている。

変える必要のない戦術 磐石ゆえの弱点も......

攻守両面で存在感を放ち、左サイドを席巻するカラフィオーリ photo/Getty Images

磐石のアーセナルだが、それゆえの弱点もある。それが表れていたのが引き分けた第11節のサンダーランド戦だった。

立ち上がりの蹴り合いが落ち着いた5分過ぎから、アーセナルはいつものように丁寧なビルドアップで攻め込みハイプレスで回収する必勝パターンの流れを作っていた。

ところが36分に先制される。サンダーランドの得点はやや唐突で、GKからのロングボールをヘディング2つでつなぎ、CBダニエル・バラードがゲットしたもの。しかし、その後もアーセナル優位の展開は変わらず。同じようにプレイして後半を迎えた。

リードされたにも関わらずプレイが変わらなかった。勝てるはずのプレイなので変える必要がないと考えたからだと思う。そしてこれが磐石に見えるアーセナルの弱点だろう。

保持による押し込みとハイプレスの循環でのゲーム支配。この形を明示したのは1990年代前半に「マイティ・アヤックス」と呼ばれ、当時欧州最強だったルイ・ファン・ハール監督率いるアヤックスが最初だった。

強力なウイングを擁し、そこへ丁寧にボールを運んで攻撃しながら守備の構造を作る。ボールを失ったら直ちにプレッシング、いわば守備でも攻撃する。相手に攻撃する機会を与えず、自分たちは一方的に攻守で攻撃する。現在のアーセナルの源流といっていいだろう。

ただ、ファン・ハール監督の磐石サッカーにも弱点があった。変化がないのだ。ボールを失う場所を決めているということは、逆にいえば「そこ」以外では失ってはいけないわけで、サイドへ運ぶまでのパスワークは慎重になる。ほとんどは相手守備ブロックの外側を経由していくので時間がかかり、一方のサイドからやり直しで逆サイドへというU字型のポゼッション。すると、相手も時間の経過とともに守り慣れてくる。パスワークのリズムに変化がなく、最後もサイドからのクロスボールにほぼ決まっているからだ。

第11節のサンダーランドは[5-4-1]のローブロックを敷き、サカとトロサールには「ダブルチーム」で対処した。1対2なので容易に突破できず、やり直しても逆サイドへボールを届けるのに時間がかかり、その間に5バックはスライドを完了できるので同じことの繰り返しになった。

リードしているならこれでもいい。しかし、先制された後で、この状態は時間の無駄ともいえる。後半はカラフィオーリ、ティンバーの両SBがポケットへ走り込むようになり、それでウイングに対処していたサンダーランドの2人組の1人を引きはがす。サカ、トロサールが1対1になったことで優位性を発揮。後半はチャンスを量産して、サカとトロサールのゴールで逆転。しかし、守備固めの5バックにしてから逆にホームのサンダーランドの勢いが増し、アディショナルタイムに2-2の同点とされてしまった。

結果論ではあるが前半のプレイがもったいなかった。磐石なサッカーをしているがゆえに、それを変えないまま時間が過ぎていた。ブロック内に侵入していれば変化はつけられたと思うが、そもそもそういう構造になっていない。CFで先発したミケル・メリーノは偽9番的な役割なのだが、バイタルエリアにいても全くパスが入ってこなかった。エゼ、ライスもバイタルに立っていたが、むしろ場所を埋めてしまっている。そこは失ってはいけない場所なので、ブロック内侵入がチーム設計に組み込まれていないのだ。

後半にSBのポケット狙いとエゼを前線に上げたことで圧力を増す形で変化は出したものの、今後もサンダーランド戦前半のような磐石性ゆえの硬直化は起こる可能性がありそうだ。

ただ、長期的には安定感が優位性を担保してくるはずで、すでに勝利の方程式を創り上げているアーセナルが優勝の最有力候補であることに変わりはない。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD311号、11月15日配信の記事より転載

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