[特集/超ベテランの最終章 01]現代サッカーの伝説がミラノ到着! モドリッチが悩める名門を復活させる

2012年夏の加入以来、13年もの時を過ごし、長年10番も背負ってきた愛するクラブとの別れ。モドリッチは公式戦通算597試合に出場し、28個のタイトルをもたらしてきたレアル・マドリードを今夏に退団することとなった。

まもなく40歳。一般的に見れば引退を考えてもおかしくない年齢だ。しかし、モドリッチの旅はまだ終わらない。

そんな生ける伝説が新天地に選んだのがセリエAのACミランだ。子供のころによく見ていたカルチョ。そして、自身にとってアイドルであった母国の英雄ズボニミール・ボバンがプレイしていたイタリアの名門クラブ。モドリッチは入団会見でミランに対して「特別な感情がある」と明かしており、やや遅くなってしまったかもしれないが、この移籍の実現、“赤と黒”のユニフォームを身に纏うことはある意味必然だったのかもしれない。

近年苦しい時期を過ごすことが多い名門の「復活」に尽力することを誓ったモドリッチ。その衰え知らずの技術と経験で多くのファンを魅了し、ミランに再び栄光をもたらすことができるのか。

スタイルの変化がポイント 2度目のピークを迎えられるか

スタイルの変化がポイント 2度目のピークを迎えられるか

今季からミランでプレイするモドリッチ photo/Getty Images

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昨季セリエAで8位と不振だったACミランはマッシミリアーノ・アッレグリ監督を迎え、選手の入れ替えも行った。新戦力の1人が9月で40歳となるルカ・モドリッチである。

2018年のバロンドール受賞者、レアル・マドリードでは6回のCL優勝に貢献するなど、そのキャリアについては今さら説明する必要もないだろう。新天地に中東や米国を選ぶのではなく、あえて競争の激しいイタリアの名門へ移籍したのはモドリッチらしい選択だったかもしれない。難民だった少年期から、厳しい環境に身を置いて切り拓いてきた。

その経験値とパーソナリティーがミランにもたらす効果は大きいだろう。ただ、年齢的にすでにピークにないことも確かである。
モドリッチはその技術の高さ、サッカーIQの高さで知られるが、素早さや運動量といったフィジカル能力も素晴らしかった。しかし、40歳となればフィジカル面にはもはや期待できない。まだまだ動ける選手ではあるが、技術と知性を最大限に活かしつつ、体力面を周囲が補完する関係を作れるかどうかがポイントになるだろう。

23-24シーズンには自身6度目のビッグイヤーを獲得した photo/Getty Images

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サムエル・リッチとアルドン・ヤシャリの2人がモドリッチの両脇を固めるのがバランスは良さそうである。リッチはトリノから、ヤシャリはクラブ・ブルージュから加入した新戦力で、ともに23歳。スタミナもパワーもあり、前者はイタリア代表として、後者はスイス代表としてもプレイしている若き実力者である。

かつてヨハン・クライフ監督は「この部屋を1人で守れと言われても今の私には無理だが、今座っているソファの幅なら1人でも守れる」と、インタビューに答えていた。つまり、体力が落ちればカバーできる範囲は限定されるが、動く範囲を少なくできれば技術と経験で十分プレイできるという意味だろう。

ペレとサントスで名コンビを組んだペペは、ほぼ同世代のスーパースター、フェレンツ・プスカシュについて、「ベテランになってからはここでプレイして2度目の全盛期を迎えた」と話していて、ペペの言う「ここ」はペナルティエリアの左角周辺だった。躍動するプレイメーカーだったプスカシュは、31歳でレアル・マドリードへ移籍してからは運動量を抑えつつストライカーとして2回目のピークを迎えている。

しかし、モドリッチはすでにプスカシュが引退した年齢になっている。ある意味、全盛期が長すぎた選手で、ここから2度目のピークを作るのは簡単ではないだろう。ただ、プスカシュがプレイした1950~60年代に比べると選手寿命は飛躍的に伸びているので、モドリッチが40歳からもうひと花咲かせるのも不可能ではないかもしれない。

無駄を削ぎ落とした最速 理想はかつてのピルロ

無駄を削ぎ落とした最速 理想はかつてのピルロ

10日に行われたチェルシーとのプレシーズンマッチでついに新天地デビュー。相手を背負いながらでもしっかりボールをコントロールする photo/Getty Images

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ポジションは中盤のどこかになる。レアル・マドリード時代は右のインサイドハーフが主戦場だった。左のトニ・クロースと対の関係を保って攻撃をリードしていた。

クロースは後方からゲームをコントロール、モドリッチはより前方に出て仕上げに関与する役割分担。インサイドハーフはモドリッチの俊敏性、精密なボールコントロール、運動量を活かすにはうってつけのポジションだった。

しかし、ミランで同じ働きを期待するのは無理がある。何試合かはそれも可能だが、シーズンを通しては厳しい。やはりモドリッチのプレイエリアを制限し、整理する必要がある。

トップ下もできるが、現実的にはかつてミランで開花したアンドレア・ピルロのような深い位置のプレイメーカーというポジションがしっくりくるのではないかと思われる。静的なピルロに比べると、モドリッチはずっと動的なプレイヤーだ。しかし、ここから第2のピークを作るなら静的なプレイスタイルへの転換がカギになりそうである。中盤の底に位置し、そこからボールとチームを動かしていく司令塔としてのスタイルだ。

リーズとのプレシーズンマッチ。フィールドプレイヤーの中では一番年齢が近い(それでも10歳差)こともあってか、ベンチにて笑顔で会話をするモドリッチとロフタス・チーク photo/Getty Images

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高度な技術は全く錆びついていない。まず、ボールを止める能力が高い。一流選手ならワンタッチコントロールなど当たり前に思えるかもしれないが、本当に置きたい場所にぴたりと止められる選手はそんなに多くない。モドリッチは次のタッチで何でもできる場所にぴたりと止められる。だからプレイが速い。身体的な速さではなく技術が生む速さ、無駄がないことでの速さだ。

無駄なボールタッチがない。ボールを置き直すのではなく、ステップを踏みかえて角度を調整できる。例えば、右方向へパスするつもりでボールを止めたが、左方向へのパスにアイデアを変更するとき、多くの選手はボールを置き直す。しかし、この1タッチで一気に相手に寄せられてしまうこともある。モドリッチの場合、小さなステップで体の角度を変えるのでボールはそのままで左方向へ蹴ることができる。こうした身体操作はドリブルでも発揮されていて、捕まりそうで捕まらない独特のプレイスタイルの源になっている。

考えるのも速い。考えるというより、周囲を見ると同時に勝手にアイデアが湧いてくるのだろう。かつてシャビ・エルナンデスが「記憶でプレイする」と言っていたが、モドリッチも即座にメモリーから最適解を弾けるタイプの選手だ。

こうした技術と判断による速さを動きの中で発揮していたのがレアル・マドリード時代なら、ミランではいかに動かずにその能力を活かすかが問われてくる。

生きる見本であり羅針盤 チームを導く「格」を備える

生きる見本であり羅針盤 チームを導く「格」を備える

エースとしてミランを牽引してきたレオン。モドリッチとのホットライン形成に期待だ photo/Getty Images

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ミランにはラファエル・レオン、サンティアゴ・ヒメネスといったフィジカル能力の高いアタッカーがいて、運動量のあるリッチとヤシャリもいる。モドリッチの周囲を固めるタレントは揃っている。そしてモドリッチが「頭脳」として機能することで、彼らのフィジカル能力もより活きる。モドリッチが周囲を動かし、周囲はモドリッチを動かさない、この関係が出来上がればミランはチームとしての格を1つ上げられるのではないか。

強いチームは格が備わって見えるもので、それには格を備えた選手が不可欠だ。攻守においていかにプレイすべきか、それを熟知している選手がいることでチームが無駄なく円滑に動く。モドリッチは間違いなく格を備えた選手であり、それがチームにもたらす影響は大きいはずだ。特に若手や中堅が多いミランではできればあと2人くらい、そういう選手がいるとグレードは確実に上がるが、モドリッチ1人でも効果は期待できる。

サッカーをどうプレイすべきか、その生きる見本だ。同時にモドリッチの言動、佇まいも模範となり、チーム全体が方向性を見失わずに進んでいくための羅針盤ともなる。サッカー選手として人生をどう生きるかのモデルなのだ。

つまるところ、偉大な選手なしに偉大なチームは生まれない。ミランがかつての栄光を取り戻すにはまだ時間がかかるかもしれないが、少なくともモドリッチの加入がその第一歩になるのではないだろうか。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD308号、8月15日配信の記事より転載

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