[PREMIER英雄列伝 #7]ベッカムは努力によって磨かれた 朝から晩までフットボールに打ち込み 反復練習に励んだあのころ

ファーガソンと激しく対立 マドリード移籍は後味が悪い

ファーガソンと激しく対立 マドリード移籍は後味が悪い

サッカー史に残るFKの名手といっても過言ではない photo/Getty Images

「 亭主のサポートに徹する女性の方がいいと思うがね」

 サー・アレックス・ファーガソンは、ポッシュ・スパイスがお気に召していなかった。

「 最も効き目の薄いスパイス」「パンチに欠ける」「ダンス、歌唱とも一定のレベルに達していない」などなど、1990年代に隆盛を誇ったスパイスガールズ(英国の女性ポップグループ)のなかでは地味だったものの、ファーガソンはポッシュに好印象を抱いていなかった。
 ポッシュとは現在のヴィクトリア・ベッカム。デイビッド・ベッカム夫人である。

 ふたりの交際が噂されはじめた97年当時から、ファーガソンは気に入らなかった。ベッカムが添い遂げるのは芸能人ではなく、「一般女性がいいに決まっている」と頑なだった。

 ベッカムもヴィクトリアも有名人だ。底意地が悪く、破廉恥が過ぎるタブロイド紙に付きまとわれる。家に帰っても気が休まらず、パフォーマンスに悪影響を及ぼすだけだと、ファーガソンは考えていた。いうなれば親心である。

 しかし、ベッカムとヴィクトリアにすれば要らぬお節介だ。「親でもないのに偉そうに」と不快感を抱く。マンチェスター・ユナイテッドにおけるキャリアが晩年を迎えていた2000年代前期、ベッカムとファーガソンの関係はさらにギクシャクしていった。

「自分の名前を売ることしか考えていない」

「フットボールに対する執着心が失われた」

「 攻めも守りもチンタラしている」

 ファーガソンは意にそぐわないベッカムをたびたび批判し、監督の権力を内外にアピールした。当時、サポーターはファーガソンを絶対視していたため、ベッカムの立場は窮屈になるばかりだった。2003年夏、彼はレアル・マドリードに去っていった。後味の悪さは否めない。

右足から放たれたボールは美しいアーチを描きながら

右足から放たれたボールは美しいアーチを描きながら

2000-01シーズンはリーグ戦で見事にチームを3連覇へと導いた photo/Getty Images

 ベッカムのストロングポイントが右足であることは、世界の常識だ。ドワイト・ヨーク、アンディ・コール、テディ・シェリンガム、ルート・ファン・ニステルローイなど、黄金の右足の恩恵に預かったFWは少なくない。

「 フリーになっていればもちろん、相手DFにマークされていたとしても、ベックス(ベッカムの愛称)からピンポイントのクロスが放たれる。俺は合わせればいいだけだった」(コール)

「欲しいところに正確に、“ほら、絶対に決めろよ” というメッセージが込められたようなクロスだ」(ファン・ニステルローイ)

 ベッカムの右足がどれほど凄かったか、両名のコメントでもうかがいしれる。だれもがうらやむ美貌が災いしたのか、戦略と戦術に凝り固まったジャーナリストの妄言か、「蹴るだけ」とベッカムを批判する声もいまだに多く聞こえてくる。哀れというしかない。

 さて、正確なクロスは努力の賜物で、筆者は衝撃的なシーンを目撃している。1993年だったと記憶しているが、スポンサーの厚意によってユナイテッドの練習を見学できるチャンスに恵まれた。プレミアリーグの各クラブは、基本的に練習は非公開で行われる。

 ベッカムが逆サイドに並べられたコーンに向け、黙々とサイドチェンジのキックを繰り返している。外さない、一発たりとも外さない。彼の右足から放たれたボールは美しいアーチを描きながら、次々にコーンをヒットしていった。 ファーガソンは、こうしたベッカムをつねに求めていたのだろう。朝から晩までフットボールに打ち込み、来る日も来る日も反復練習に取り組む若者に惚れていた。マドリードに移籍した後も猛練習を繰り返し、一度奪われた定位置を奪い返している。

 ただ、さしもの名伯楽も、少し型にはめ込もうとしすぎたのではないだろうか。ファーガソンにはファーガソンの考え方があるように、ベッカムはヴィクトリアのアドバイスでセルフプロデュースにも目覚めた。ソフトモヒカンやスキンヘッドなどが、その証である。ジェネレーションギャップとはいえ、お互いが少しだけ歩み寄れば、感情的な対立は起きていなかったに違いない。

 ベッカムがユナイテッドを去ってから18年、ファーガソンが勇退してから9年が過ぎた。いまや昔日の面影もない。当時は歯牙にもかけなかったマンチェスター・シティの後塵を拝し、ボトム10のクラブにも苦戦する。

 ファーガソンが指揮し、ベッカムが輝いていた90年代後半のユナイテッドは、憎たらしいほど強かった。

文/粕谷 秀樹

※電子マガジンtheWORLD267号、3月15日配信の記事より転載

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