【特集/UCLラウンド16プレビュー 8】番狂わせへの唯一の道は奇跡を起こしたあの正攻法! セビージャ×レスター

あらゆるビッグクラブが手を焼いた緻密な堅守速攻

あらゆるビッグクラブが手を焼いた緻密な堅守速攻

レスターで必要とされる岡崎の存在 photo/Getty Images

歴史を作る。まさにその一心でチャンピオンズリーグでの快進撃を夢見るレスター・シティだが、ベスト8進出を懸けたセビージャ戦においては、残念ながら「敗退」を断定するネガティブな声が少なくない。

無理もない。昨季との比較における“現状”のレスターに、ポジティブな要素は見当たらない。前年度王者として臨むプレミアリーグは、第21節終了時点で5勝6分10敗、勝点21でまさかの15位。降格圏である18位との勝点差はわずかに「5」と苦戦が続く。選手個々のパフォーマンスを見ても、昨季24得点のジェイミー・バーディはここまで5得点、同17得点のリヤド・マフレズは3得点と2大エースのゴール数が伸びず、新戦力イスラム・スリマニのパフォーマンスもいまひとつ。得意のカウンターも迫力不足。守備の要であるウェズ・モーガンとロベルト・フートのCBコンビに安定感はなく、タフさの足りない中盤ではチェルシーに放出したエンゴロ・カンテの不在が嘆かれるばかりだ。

印象的には、昨季は“想定外”に対応し切れなかったビッグクラブの“レスター対策”が機能しているわけでは決してない。もちろん、昨季を「奇跡」と位置づけるなら今季の低調も受け入れるしかないが、それにしても「お前らの力はそんなもんじゃないだろ!」と言いたくなるのは、目の前で奇跡を目撃してしまったサポーターの心理に違いない。
さて、本当に、レスターはセビージャに勝てないのだろうか。今季のレスターは、明らかにチャンピオンズリーグでの勝利に力を注いでいる。欧州カップ戦の素人に“二足のわらじ”は荷が重く、クラウディオ・ラニエリは豊富な経験からそのことを理解している。だから、たとえプレミアリーグで負けが込んでも、動じず、慌てず、声を荒げず、いたってクールにポジティブな発言を繰り返した。そこまではいい。過去にいくつものビッグクラブを率いてきた経験の賜物だ。

しかし一度成功すると“色気”を出したくなる性分は、この指揮官の致命的な泣きどころだ。彼が指揮するチームを評する「一時は好調だったが」との言葉は、どのチームを率いた時も用いられた定型句である。

昨季の正攻法は文字通りの「堅守速攻」。ピッチの中央を締めて泥臭く守り、距離の長いカウンターを仕掛けてゴールを奪い、勢い良く勝点3をもぎ取った。ところが今季、「プレミア王者」の冠がその正攻法に恥ずかしさを覚えさせたのか、指揮官はチームのスタイルを大きく変える奇策に出た。バーディの相棒として最前線に据えたのは、高さと強さだけならワールドクラスのスリマニ。典型的なストライカーは“待つ意識”が強く、「堅守速攻」の第一段階となる守備面で機能しない。試合によってはよくボールを追いかけているが戦術としての意図は感じられず、あるいは岡崎のように、チーム全体を鼓舞し、運動量を高める雰囲気もその背中からは感じられない。

レスターの堅守速攻は、ただ「守って攻める」よりずっと繊細かつ緻密だ。そのメカニズムに「1」から「10」の段階があるとすれば、どれが欠けてもハマらない。「1 」(前線からの巧みなチェイシング)がなければ、全体が機能しないのも当然のこと。スリマニ個人の問題というより、彼の起用を象徴的な事例として昨季までの“正攻法”を捨ててしまった指揮官に問題がある。

色気づいたラニエリの迷走は、シーズンの半分を消化しても止まらない。指揮官は、第19節ウェストハム戦では[4-3-3]、第20節ミドルズブラ戦では中盤ダイヤモンド型の[4-4-2]、第21節チェルシー戦では[3-5-2]を採用。システムや戦術を目まぐるしく変えるうちにチームとしての軸がブレ始め、ピッチ内では “らしさ”を失った選手たちが右往左往し、疑念を抱えて困惑している。1月半ばを過ぎた現時点でのチーム状況は、極めて悪い。

岡崎慎司というピースで最高値のレスターを再現する

岡崎慎司というピースで最高値のレスターを再現する

スペインで復活したMFナスリ photo/Getty Images

一方のセビージャは絶好調だ。リーガエスパニョーラでは第18節終了時点で首位レアル・マドリードに1ポイント差の2位。4ポイント差でバルセロナを見下ろすセカンドトップの位置は、第18節でレアル・マドリードに41試合ぶりの土をつけた彼らにこそふさわしい。

新指揮官サンパオリはいくつものシステムを使い分ける策士だが、有能スポーツディレクターのモンチが集めた選手たちはわずかな期間で体得し、時間の経過とともに完成度を高めている。中でも、サミル・ナスリ、フランコ・バスケス、ビトロのトライアングルは文字どおり変幻自在のポジショニングとパスワークを誇り、中盤の底ではまるで昨季のカンテのような運動量を誇るエンゾンジが幅を利かせる。サンパオリの代名詞であるハイプレス、さらにシステムを変えても乱れないビルドアップは見事のひとこと。試合が始まるまでシステムがわからず、試合中にも目まぐるしく陣形が変わる。このチーム、かなり強い。

レスターがセビージャに勝つための方法は、一つしかない。昨季のプレミアリーグを制覇したレスターの“最高値”を引き出すこと、つまり彼らの「正攻法」を取り戻すことである。

幸運にも、セビージャの弱点は被カウンターにある。攻撃センスの塊であるナスリ、ビトロ、バスケスの3人は“前向きの守備”には精を出すが“後ろ向きの守備”には諦めが早い。CBのパレハはややスピードに欠け、広域なエンゾンジのプレイエリアを突破できればゴールは近い。

最も自信があり、安定感のある[4-4-2]でスペースを消す。前線からのチェイシングでパスコースを限定する。飛び込んできた相手を囲んで潰す。あるいは、ゴール前で跳ね返してルーズボールを拾う。そのボールを、たった2人でフィニッシュまで持ち込めるバーディとマフレズの“個”に託す。レスターの正攻法。奇跡とはいえ一度でもプレミアリーグの頂点に立ったそのメカニズムを取り戻すことができれば、必ず勝機を見いだせる。

そのために必要なのは、岡崎慎司だ。計算されたチェイス、中盤まで下りての守備、ルーズボールを拾ってつなぐ球際の強さと球離れの良さ。そして、バーディとマフレズの能力を引き出す“おとり”の動きと、決定力。レスターの大雑把に見えて実は繊細かつ緻密な「堅守速攻」の原動力は、昨季も岡崎が示した献身性と万能性にあった。彼には、その“後ろ姿”で正攻法を取り戻すためのヒントを示せる力もある。レスターに必要なのは岡崎。色気がアダになっている今、ラニエリは何を思う。

文/ 細江克弥

『ワールドサッカーキング』『ワールドサッカーグラフィック』などの編集部を経て、2009年にフリーのサッカーライター/編集者として独立。現在も本誌をはじめ、『Number』などさまざまな媒体に寄稿している。欧州からJリーグ、なでしこリーグまで、守備範囲は幅広い。

theWORLD182号 2017年1月22日配信の記事より転載

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