[特集/バルセロナは原点回帰へ 01]ただ勝つだけでは許されない! バルサのDNAとは一体何なのか

 シャビ・エルナンデスを監督に招聘し、リスタートを切ったバルセロナ。年明けからのリーグ戦では3勝1分と、次第に調子を上げてきたように見える。しかしそもそもバルセロナとは、ただ勝てばよいというチームではない。卓越した技術でパスをつなぎ、敵チームをきりきり舞いさせてこそ、真にバルセロナが復活を果たしたと言えるだろう。レジェンドを迎えたバルセロナに期待されているのは、クラブのDNAを、見るものを楽しませるサッカーを取り戻すことなのだ。

クライフが生んだバルサ・スタイル 根幹にある理詰めのサッカー

クライフが生んだバルサ・スタイル 根幹にある理詰めのサッカー

古巣の危機を救うため、大きなミッションを請け負ったシャビ。クラブのDNAを取り戻したい photo/Getty Images

 バルセロナには確固たるプレイスタイルがある。それはもはや伝統芸能の域に近く、おいそれと変更できるようなものではなくなっている。バルセロナの人々、ファンにとって、サッカーとはバルサがプレイしているようなサッカーでしかない。

 現在のバルサ・スタイルの原点は1988年が始まりで、ヨハン・クライフの監督就任からになる。それ以前、リヌス・ミケルス監督の70年代にすでに種は撒かれていたかもしれないが、はっきりと現在につながるものを遺したのはクライフだ。サッカーをどうプレイすべきか、サッカーとは何かを明快に定義した。

「1人の選手がプレイする幅は15メートルが理想的である」
 このクライフの言葉にバルサ・スタイルは凝縮されているかもしれない。幅15メートルは今日のポジショナル・プレイ、5レーンを想起させる。[4-3-3]システムの選手の配置はWWシステムだから、1人15メートルなら1つのWで5つのレーンがバランスよく埋まり、フィールドの横幅をほぼカバーできる。選手は無秩序に動きすぎてはいけない。動くのはボール。正しいポジショニングと正しいボールの動かし方をすることで、ボールは確実に前進させられる。そのための幅15メートルというわけだ。

 ただ、この言葉には続きがあって、戦術的な合理性以外にも重要な意味が含まれている。どうプレイするのかの前の、なぜプレイするかに関わる部分だ。

「選手はボールをプレイしてこそ楽しめる。子供でもプロでも、なるべく多くの選手がボールに関与したほうが楽しいに決まっている」

 8人で守って2人で攻めるサッカーもあるかもしれないし、それでも勝てるかもしれない。けれどもそれでは面白くない。楽しくない。楽しくなければサッカーではない。楽しくプレイすること。クライフが提唱したスタイルの根幹にはそれがある。つまり、バルサ・スタイルとはプレイする選手、それを見る観客が楽しめるサッカーの方法論であり、幅15メートルもそのためにあるわけだ。

 2002年のワールドカップを見て、クライフはこんな感想を述べていた。

「ウイングバックが60メートルもダッシュして、クロスを観客席に蹴り込んでしまうのを見るのは残念だった。走る距離を半分にすれば、もっといいボールを蹴れるはずなのだ」

 あと30メートル、ボールを運べばいいのに。そう言っている。バルサのサッカーではそうする。ただ、それには技術と戦術が必要になる。体力に頼ってもクロスまで持っていくことはできるけれども、それはバルサのやり方ではない。技術と戦術を駆使したサッカーがバルサの方法論である。では、どうやってあと30メートル運ぶか。そのためのロジックがきっちりと詰められている。とても理詰めのサッカーだ。

ペップ以来の正統後継者 クーマンとは違うシャビの血の濃さ

ペップ以来の正統後継者 クーマンとは違うシャビの血の濃さ

選手だけでなく、監督としてもバルセロナで戦ったグアルディオラは、イニエスタやメッシを中心にポゼッションサッカーの一大潮流を巻き起こし、サッカー界のトレンドに大きな影響を与えた photo/Getty Images

 クライフ監督の8シーズンの後、バルサ・スタイルは多少のブレはあったとはいえ受け継がれていった。その間「ドリームチーム」を超えるチームは現れなかったが、2008年にジョゼップ・グアルディオラ監督が就任するとついに史上最高のバルサが登場する。

 ペップは自らを「ラファエロの弟子」と言った。ルネサンスの巨匠で多作だったラファエロの作品の多くは工房の弟子が仕上げたといわれている。ペップにとってのラファエロはクライフだ。20年前から構想はあった。が、ドリームチームでも実現できなかった。それをペップが実現した。

 グアルディオラはクライフ監督によって抜擢され、パスワークの中心として活躍した。クライフの論理を体現した選手だった。そして、そのペップが監督のチームでパスワークの中心となったのがシャビである。まるで一子相伝。

 もちろんクライフの後にも論理は残り、ルイ・ファン・ハール、フランク・ライカールトもバルサ・スタイルを受け継いでいる。シャビにバトンを渡したロナルド・クーマン前監督もドリームチームの一員だった。だが、彼らはどこか違うのだ。バルサ・スタイルの真ん中にいて、血肉化していたペップ、シャビとは、いわば血の濃さが違う。

 歴代監督はスタイルを重視しながら、どこか信じ切れていない。彼らには彼らの考えがあり、クライフと完全に一致しているわけではないからだ。それで当たり前なのだが、ペップとシャビに関しては完全に一致している。バルサのエキスを浴び続けた2人は、論理的にも感覚的にも骨の髄までバルサ・スタイルに染まっていて、もはやクライフのクローンのような監督になっている。この2人こそ正統後継者なのだ。

 ちなみにバルサは負けるときは大敗する傾向がある。こうして勝つという方法論が理詰めのため、それが通用しない相手と対戦したときは勝利の方程式が崩れて歯止めが利かない。しかし、ペップやシャビはそうなっても1ミリもブレない。彼らにとってサッカーをどうプレイするかの方法は1つであり、それを誰よりも信じている。

バルサらしからぬ男は意外にも トラオレから見るクラブの伝統

バルサらしからぬ男は意外にも トラオレから見るクラブの伝統

今冬に獲得したトラオレ。異質に感じるがそもそもはカンテラーノであり、彼のなかにもバルサのDNAは息づいている photo/Getty Images

 アダマ・トラオレがバルサに来た。ラガーマンのような体格はバルサらしく見えない。しかし、トラオレ獲得はバルサ・スタイルから1ミリもブレていない。バルサはライン間につないでボールを運ぶ。決して急がない。確実に前進するには急がないほうがいいからだ。もう1つの運び方として、U字型にボールを動かして相手を全体的に押し下げる方法がある。どちらにしても敵陣深くまで運びきる。そのとき、とくにラインを押し下げての前進ではボールの終点になるウイングの質的優位が必要になる。トラオレを毎度60メートル走らせるつもりはなく、最後の30メートルでの突破を期待しているだけだ。1対1に強いウイング重視はバルサの伝統そのものといえる。

 シャビはペップであり、クライフだ。ペップよりも隔世遺伝的にクライフに近いかもしれない。バルサ・スタイルの継承者としてシャビ以上の人材は見当たらない。既にアトレティコ戦では4-2と結果を残しており、正統後継者であるシャビへの期待は高まるばかりだ。原点回帰のときは来た。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD266号、2月15日配信の記事より転載

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