バイエルンの戦術はサッカーの未来か 根本にある“チーム第一”の精神
昨季CLを制したバイエルン。ブンデスリーガ、DFBポカールと併せて3冠を達成した photo/Getty Images
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2019-20シーズン、ドイツ国内では敵なし、全勝で制したチャンピオンズリーグでは準々決勝でバルセロナを8得点で粉砕するなど、とにかくその破壊力が目を引いたバイエルン・ミュンヘン。彼らが成し遂げた偉業は、単なる3冠達成以上のインパクトを残したと言っていい。ダイナミックかつテクニカルなプレイを90分間続けるサッカーに、魅了された者も多いのではないだろうか。
昨今、「ストーミング」や「トランジション」といった戦術ワードが盛んに取りざたされるようになったのは、それだけ欧州における戦術の進化が著しい証左と言える。はたして、その中でバイエルンが実践している戦術はサッカーの未来なのだろうか? 欧州王者の強さを紐解いていきたい。
ドイツ代表で長らくヨアヒム・レーヴの右腕として鳴らしたハンジ・フリック監督が率いるバイエルンは、ヨーロッパでも図抜けた戦術的完成度を誇る。そのサッカーを具体的に分析していく前に、大前提として把握しておかなければならないのは、選手全員に“チーム第一”の精神が浸透していることだ。例えば、ロベルト・レヴァンドフスキやトーマス・ミュラーのようなスーパースターたちが、個々のエゴを微塵も出さずに、汗水たらしながら前線でのプレスに奔走している。守備の負担を免除されている、それこそバルセロナのリオネル・メッシのような“特別扱い”の選手は一人もいない。
実績も発言力も申し分ない重鎮たちが身を粉にして働くのだから、ジョシュア・キミッヒやセルジュ・ニャブリといった中堅、アルフォンソ・デイビスら若手がサボれるはずがない。だれもがチームのために尽くし、組織の機能性を高めるプレイに身骨を砕いている。もちろん、やらされているのではなく、自発的に、だ。それも戦術的な文脈に沿って、個々がハードワークしているので、攻守ともにチームとしての機能性が損なわれることは滅多にない。
一方を封じられても別ルート 王者には多彩な攻めの形がある
昨季途中就任ながらバイエルンを3冠へと導いたフリック監督。欧州で一躍脚光を浴びる指揮官となった photo/Getty Images
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基本戦術はポゼッションとハイプレス。いかなる相手にも主導権を握って、試合を優位に運べる力を持つ。基本システムは[4-4-2]だが、攻撃時はデイビスとパヴァールの両サイドバックが高い位置をとり、[2-4-4]に変化。ボールを保持する2人のセンターバックに対する相手のプレスが厳しいときは、2ボランチの一角を担うキミッヒが彼らの間に下りてきて、ビルドアップ時の数的優位を確保。この最終ラインからサイドバックを経由するか、前線に楔のパスを入れてから、攻撃をテンポアップさせる。パスを細かくつながず、ロングフィード1本で最終ラインの背後を突き、決定機を作り出すケースも少なくない。
実際、今季ここまでのベストゲームと言えるシャルケとのブンデスリーガ開幕戦では、2CB間に下がってきたキミッヒのロングパスから、ニャブリの鮮やかなゴールが生まれた。
サイドバックがセンターMFのように振る舞っていたペップ・グアルディオラ時代のような特異性こそないものの、やや特徴的なのがアタッキングサードにおけるウインガーの役割。攻撃に幅と奥行きをもたらすのは両SBの役割で、ニャブリとレロイ・サネはタッチライン際に構えるより、ハーフスペースの攻略を担う場合が多い。相手が4バックなら、CBとSB間のギャップを突くのがメインの仕事だ。ウイングが内に絞れば、中央で渋滞が起きてしまいそうだが、レヴァンドフスキとミュラーが巧みなポジショニングやオフ・ザ・ボールの動きで、バイタルエリアでの連動性を担保している。
こうしたメカニズム自体は、他のチームも模倣できるはずだ。ただ、バイエルンが特別なのは個々のプレイクオリティがきわめて高いこと。選手間の相互理解も高く、アタッキングサードでタッチ、2タッチでポンポンとボールをつなぎ、いとも簡単に決定機を作り出す。パスコースがなければ、ニャブリやサネがドリブルで局面を打開するのだから、相手からしたら的を絞るのが困難。対策を見出せずにサンドバッグ状態になったシャルケは、開幕戦で歴史的な惨敗(0-8)を喫した。
守備に不安な点こそあれど今のバイエルンには些細な問題
バイエルンの中盤を司るキミッヒは、ピッチ上のあらゆる場所から決定的なパスを供給することができる photo/Getty Images
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ネガティブ・トランジション(攻→守の切り替え)も素晴らしく、ボールロスト後に即時奪還できるのも、3冠王者の大きな強み。攻撃時に最終ラインをかなり高めに設定しているバイエルンは、FWからDFまで距離をコンパクトに保つことができているうえ、攻撃時における距離感が良いので、ボールを失ってもすぐに密度の高いプレスに移行することができる。近年サッカー界における“新潮流”とされるストーミングのエッセンスを加えているから、彼らはボールを失うことを恐れない。
むしろ、ストーミングとはボールを失ってでも自分たちの望むスペースに手数をかけず侵入するという考え方。バイエルンにとって、ボールロストは戦術のうちに織り込まれていると言ってよく、ゆえに彼らは慌てず攻守の切り替えを即時実行できるのだ。こうした意識こそが、今のバイエルンの鋭いプレッシングを支えている。
しかし、問題はこのハイプレスをかわされて、ディフェンスラインの裏にボールを出されたときだ。俊足CBのダビド・アラバ、あるいは広大な守備範囲を誇るGKマヌエル・ノイアーの“個の力任せ”になるケースが散見される。
もっとも、ハイプレスによってピンチを未然に防ぐ回数の方が圧倒的に多く、そもそも失点の危機より得点機を多く作れるバイエルンには、ハイラインの背後というのは致命的な、それこそアキレス腱となるまでには至っていない。
3冠チームにまだ成長の余地アリ 王者が手に入れる“新兵器”とは
今夏バイエルンに加わったサネは、圧倒的なスピードを駆使した突破力でロングカウンター発動時に主役となるはずだ photo/Getty Images
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国内外で圧倒的な強さを誇った昨シーズンから「進化」しそうな武器を挙げれば、ロングカウンターだ。これまでも質が悪かったわけではない。しかし、ロングカウンターの主役を担うキャストがやや物足りなかった。
例えば、キングスレイ・コマンは1対1の突破力こそ凄まじいが、ポジティブ・トランジション(守→攻の切り替え)やオフ・ザ・ボールの動き出し、ラストパスやフィニッシュの精度にやや難があり、カウンター時にかつてのフランク・リベリやアリエン・ロッベン級の働きを期待できなかった。
だが今季は、ことカウンター発動時においては“ロベリ”に比肩しうる存在感を放つ新戦力が二人も加わった。サネと移籍市場の最終日に滑り込んだドウグラス・コスタだ。非凡なスプリントと高速ドリブルでロングカウンターの威力を高めるだけでなく、長い距離を走った後でもフィニッシュやラストパスのクオリティを落としにくい両ウイングが、バイエルンの“新兵器”になるのは間違いない。
基本戦術をハイプレス&ハイラインのポゼッションサッカーとしながらも、そこに「ストーミング」や「ロングカウンター」いった新たな武器をいくつも加えて成長し続けるバイエルンのサッカー。彼らが目指す最終目的地は、いわば“究極のオールラウンド型”と言える。まさに何でもできるドリームチーム。冒頭に投げかけた「彼らの実践している戦術はサッカーの未来なのだろうか?」という疑問だが、現時点でその答えはイエスと言えるだろう。
文/遠藤 孝輔
※電子マガジン「ザ・ワールド」250号、10月15日配信の記事より転載