ネスタ、“あの夏”を振り返る「離れたくなかったが……」

若き日の日のネスタ氏。ラツィオのキャプテンマークも任された photo/Getty Images

「移籍するしかないと気づいた」

イタリアサッカー界のレジェンドであるアレッサンドロ・ネスタ氏(現ペルージャ監督)が、ACミランへの電撃移籍を果たした2002年の夏を回想している。

ラツィオの下部組織出身で、1994年3月に17歳ながらトップチームデビューを飾ったネスタ氏。1994-95シーズンの後半から徐々に出場機会を増やすと、翌1995-96シーズンからレギュラーに定着した。そして、ラツィオ黄金時代の中心選手として、1999-2000のスクデット獲得に大きく貢献している。しかし、チームが財政難に陥り、2002年夏にラツィオは3000万ユーロの移籍金でネスタを、ミランへ手放さざるを得なくなった。

『DAZN』のインタビューに応じたネスタ氏は、当時のことについて次のように振り返っている。

「私は8歳のころからラツィオで育った。ユース年代を経てチップチームへ昇格し、非常に若い年齢でキャプテンも任されたよ。私にとって重要な道しるべとなったのは、スクデットだったと言えるだろう。私は(ラツィオ)から離れたくなかった。いくつかビッグクラブからのオファーも断ったよ。でも、移籍するしかないと気づいた。クラブは借金を抱えていたし、給料も6、7ヶ月間も払われていなかったからね。彼らは私を裏切り者と呼ぶことができるだろう。でもこのことで、いろいろな物事がうまく運んだ」

当時の複雑な心境を明かしたネスタ氏。以前メディアの前で、ラツィオの指揮官になる夢を明かしていた。いつの日か愛するクラブへ帰ることができるのか。

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