右のロッベン、左のC・ロナウドが実現したかも!? ”世界屈指のドリブラー”にマンU行きの可能性があった

チェルシーでプレイしたロッベン photo/Getty Images

最終的にはチェルシー行きを選択

今でも驚異の突破力を誇る快速アタッカーのアリエン・ロッベンは、まだ20歳だった2004年にPSVからチェルシーへ移籍した。チェルシーでは怪我などもあったが、ジョゼ・モウリーニョの下でプレミアリーグ制覇を経験。欧州トップレベルでも自身の実力が通用することを証明する良い機会となった。

しかし、ロッベンは当時チェルシーではなくマンチェスター・ユナイテッドへ移籍する直前だったという。英『FourFourTwo』によると、ロッベンは当時クラブを指揮していた名将アレックス・ファーガソン氏ともコンタクトを取り、かなりマンU行きに気持ちが傾いていたようだ。ところがマンU側のオファー提示が遅く、その間にチェルシーが一気に交渉を詰めたという。ロッベンが当時のことを振り返っている。

「当時ディナーでファーガソンと非常に良い会話ができた。フットボールや人生についてね。トレーニンググラウンドの周囲も見たし、全てがよかった。ファーガソンと会ったあとすぐにマンUがオファーを出してくれば、僕はサインしただろうね。だけど、それは起きなかった。PSVは当時チェルシーとも交渉していて、僕は彼らのプランを気に入った。1度チェルシー側と会い、素早く話が進んだんだ」
仮にマンUにロッベンが加入していれば、右サイドにロッベン、左サイドにクリスティアーノ・ロナウドなんて豪華なプランも実現したかもしれない。そうなればバイエルンが誇るロッベン、フランク・リベリ以上に強烈なコンビになっていたことだろう。


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