[特集/EURO2020大会レビュー 02]死の組に待ち受けていたベスト16の罠

 EURO2020のグループステージで最も注目を集めたのは、グループFだった。EURO3大会連続のベスト4以上で2014年ブラジルW杯優勝のドイツ、EURO2016優勝の前回王者ポルトガル、そして2018年ロシアW杯を制した世界王者フランス。そこにハンガリーが加わり、“死の組”と呼ぶにふさわしい超タフなグループができた。

 だからこそ、この死線を越えたチームは、頂点まで駆け上がることが予想された。

 しかし、そうはならなかった。ドイツ、フランス、ポルトガルは、そろってベスト16で敗退。“死の組”突破国の早期全滅は、今大会トップレベルのサプライズだ。なぜ彼らはこんなにも早く姿を消してしまったのだろうか。

 優勝を狙うチームであるがゆえ、本来はコンディションのピークを大会後半戦に合わせたかったはずで、グループステージやラウンド16でアクセルを踏み切れなかったことはその一因と言えるかもしれない。ただ、それは強国ばかりが参加するEUROにおいて、どの国も条件は同じ。それぞれの国に、敗退の理由はある。

後手に回ったW杯王者 疑問残る突然の3バック採用

後手に回ったW杯王者 疑問残る突然の3バック採用

今大会の優勝候補筆頭とされたフランスだが、ベスト16で伏兵・スイスの前に沈んだ photo/Getty Images

「 フランスの敗因はキリアン・ムバッペ」というのは少し大袈裟かもしれないが、結局そこは大きなポイントの一つだった。

 フランスのストロングポイントは、何よりも個の能力。それは今に始まったことではない。様々な国のビッグクラブで活躍する超ビッグネームが集まるのがフランスだ。各選手が持ち味を発揮すれば、対戦相手はどうしようもないというレベルである。そんななか、大エースの一人であるムバッペが大会を通じて無得点に終わり、最後はPKも失敗。重要なスイス戦で決めきれなかったことは、結果的にフランスの敗退へとつながった。

 だが、フランスは“個のチーム”だからといって、チーム力に目をつむっていいわけではない。やはり、ディディエ・デシャン監督の決断も一つの敗因だ。
 ベスト16のスイス戦は、左サイドバック2人を欠く緊急事態。苦肉の策だったとはいえ、突然の3バック採用はハマらなかった。

 その後修正し、後半からキングスレイ・コマンを投入して[4-2-4]のような形にしたことで一気に逆転に成功。そこまでは良かったが、スイスはすぐにフランスのシステム変更に対処した。

 それに対してフランスは、ポール・ポグバのスーパーゴールでリードを広げるが、終盤の2失点で追いつかれてしまった。こちらはアドリアン・ラビオを左サイドバックにしたことで中盤のフィルターが足りなくなった形だが、そこをケアできなかった。

 スイスの素早い対応を称えるべきでもあるが、やはりフランスの油断もある。3バックは明らかな失敗だった。ピッチ内でのポジションチェンジだけでなく、前半から積極的に交代カードを切るという選択肢をとってもよかったのではないか。そもそも、もっと強い相手だったら一発勝負のベスト16でいきなり3バックを選択していたのかも疑問だ。スイスがフランスの変化で生まれた弱みをすぐに突いた一方で、フランスは後手に回った印象が拭えない。

ベスト16で散った前回王者 大会を通してコンセプトは見えず

ベスト16で散った前回王者 大会を通してコンセプトは見えず

マンUでのパフォーマンスから代表での活躍も期待されたB・フェルナンデスだが、ポルトガルを勝利に導くことはできなかった photo/Getty Images

「ポルトガルの敗因はクリスティアーノ・ロナウド」といってしまうのは、本質から外れてしまう。実際、(PKが3つあったとしても、)5ゴールで大会得点王なのだから、C・ロナウドは自身の仕事をした。

 そんななかで、ポルトガルにはチームコンセプトのなさが気になった。

 グループステージ第2節のドイツ戦を2-4で落としたときは、中盤を完全に相手に支配されてしまった。ドイツのサッカーとかみ合わなかったために大量失点を喫することとなったが、第3節フランス戦で起用したレナト・サンチェスが存在感をみせ、守備面で貢献した。

 この事実を考えると、フェルナンド・サントス監督はうまく修正した。ただ、裏を返すと、中盤に強度が欲しいからフィジカル的な選手を入れたのであって、チームとしての解決策を用意したわけではない。同じように展開力が欲しければそういった選手を出し、ゴールが欲しいからC・ロナウドを前線にとどめた。マンチェスター・ユナイテッドであれだけ圧倒的な存在感を放っていたブルーノ・フェルナンデスが完全に“空気”となってしまったのも、チームとしての枠組みがはっきりしていなかったことに理由がありそうだ。

 ベスト16のベルギー戦では、トルガン・アザールのスーパーゴールに沈んだ。ポルトガルにもチャンスはあったが、中盤の底から攻撃に幅を出すために使ったジョアン・パリーニャが押さえ込まれたことで、効果的な攻撃は仕掛けられず。ボール保持率は58%だったが、それほど相手の脅威にはならなかった。

レーヴとの心中が裏目に CFの質にも泣かされたドイツ

レーヴとの心中が裏目に CFの質にも泣かされたドイツ

ラウンド16・イングランド戦の終盤、カウンターからミュラーが得点を決めていればドイツに希望はあったかもしれない photo/Getty Images

「ドイツの敗因はヨアヒム・レーヴ監督で大会に臨んだこと」。これは大会前から予想されていたことであり、実際にそうなってしまった。2006年から代表を指揮し、多くの栄光をもたらした偉大な監督だが、偉大すぎるがゆえに、周囲を含めて判断が鈍った感は否めない。

 サッカーの面で最も大きな問題は、最前線だろう。今大会ではセルジュ・ニャブリとティモ・ヴェルナーがセンターフォワードを務めたが、どちらも無得点。2014年にミロスラフ・クローゼが去ってから、レーヴ監督は最適なアタッカーを見つけられていない。

 もちろん、レーヴ監督も以前のサッカーができないことはわかっていた。そんななかでも、ヨシュア・キミッヒとロビン・ゴセンスを両サイドに置くことで、攻撃面を強化。ある程度守備を犠牲にしても押し切ろうとした。そういった殻を破ろうという姿勢は見え、中盤を支配したポルトガル戦で威力を発揮した。が、大会を勝ち抜く完成度はなかった。

 ベスト16ではイングランドと対戦した。イングランドはドイツに合わせて3バックを選択。グループステージでドイツの強みになった両ウイングの担当をはっきりとさせ、良さを出させなかった。お互いの良さを消し合った結果、差として表面に出たのがセンターフォワードだ。2020-21シーズン、ヴェルナーはチェルシーでプレミアリーグ6得点。対して、イングランドのハリー・ケインはトッテナムで23得点を挙げてリーグ得点王。「クローゼがいたら……」、そう感じさせる差だった。

 2018年ロシアW杯のグループステージ最下位、昨年のネーションズリーグ・スペイン戦での0-6。レーヴ監督と別れるタイミングは何度かあったはずだ。しかし、偉大だからこそ決断は先延ばしとなり、ドイツは2022年カタールW杯まであと1年というこのタイミングでリセットすることになってしまった。

 EURO2020は、チームとしての一体感が結果に大きく反映された大会だった。優勝したイタリアをはじめ、準優勝のイングランドも、ベスト4のデンマークも、それが前面に出ていたチームだ。一方で、早期敗退となった強国は、個の力に委ねすぎたところがある。完成された組織を崩すのが突出した個であることはままあるとしても、今回は課題として浮き彫りになった。この大会を教訓として、さらに力強いチームへと成長することに期待したい。


文/伊藤 敬佑

※電子マガジンtheWORLD259号、7月15日配信の記事より転載

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