名将ファン・ハール、マンU行きを後悔?「トッテナムの方が良い選択だった」

サッカー界から退くことを発表したファン・ハール氏 photo/Getty Images

解任間近だったころの不満も吐露

欧州屈指の名将として数々のタイトルを獲得してきたルイ・ファン・ハール氏が、マンチェスター・ユナイテッド時代を振り返っている。

現役引退後、1991年に古巣アヤックスで監督キャリアをスタートさせたファン・ハール氏。バルセロナやオランダ代表、バイエルン・ミュンヘンといった強豪チームを経て、2014年5月にマンUの指揮官に就任した。長年チームを率いてきたアレックス・ファーガソン氏の勇退で、2013-14シーズン(7位)に低迷したチームの復権を託される。すると、就任1年目は無冠に終わったものの、リーグ戦で4位フィニッシュし、なんとかチャンピオンズリーグ出場権を取り戻した。そして2年目はさらなる飛躍が期待され、FA杯優勝へ導いたが、リーグ戦や欧州カップ戦で結果が振るわず、2016年5月に解任。その後、ファン・ハール氏は現場から遠ざかっていたが、先日サッカー界から引退することを発表した。

そんなファン・ハール氏がインタビューに応じ、マンU時代を回想。同クラブの指揮官に就任した当時、トッテナム行きも噂されていたが、同氏は新天地としてマンUを選んだ。あれから5年経とうとしているが、当時の選択について「トッテナムの方がより良い選択だったと思う。マンチェスター・ユナイテッドは古いチームだったし、チームを変化させなければならないことがわかっていたからね。間違った選択だったかって? おそらくね。ただ、私の心に従ったまでだ。私はオランダやドイツ、スペインでNo.1のクラブで仕事をしてきたが、イギリスでもそうだった」と語っている。英『BBC』など複数のメディアが伝えた。

さらに、解任間近だったころの不満や首脳陣との出来事なども吐露。「私は、ウッドワード(最高経営責任者)がモウリーニョを監督に選ぶことは想像できていたよ。彼はトップクラブの監督だし、タイトルもたくさん獲得してきた。それに、私よりもサッカーに詳しいしね。ただ、私が好きじゃなかったのは、黙って隠れながら私の後釜とコンタクトを取っていたことだ。毎週金曜日に記者会見へ出席するたびに、噂についてどう思うか聞かれたよ。それは監督として答えるべきものなのか。6ヶ月間、メディアは私の首の周りに縛られている縄を持っていた。そんな中でFA杯を優勝した。私の最大の成果だったよ。その試合後、ウッドワードに話をしに行ったんだ。私はまだ1年間残っているを伝えたが、モウリーニョには3、4年、もしくは5年あるだろうとのことだった。彼の主張は十分ではなかったんだ」と明かしている。

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