[特集/最強ボランチは誰だ 02]現代ボランチ像のルーツ 歴史に名を刻んだ名手13人

日々進化し続けるサッカー界。ポジションによってさまざまなタスクが求められるが、チームの戦術や選手の特長によって違いが色濃く出るポジションがある。チームの中心に位置するボランチ(守備的MF)のポジションだ。

ボールを捌くことを得意とする選手、ボール奪取を持ち味とする選手、はたまた豊富な運動量で攻守両面を支える選手など、タイプや役割は様々である。ただ、現在のボランチ像は歴史の積み重ねであり、偉大な先達が作り上げてきたレガシーだと言っても過言ではない。 

そんな現在のボランチ像を作り上げた歴代の名手たちを振り返る。一つ言えることは、ボランチが良いチームが勝てるのは今も昔も変わらないということだ。

プレイメイカーと守備職人。相互補完でより効果的に

プレイメイカーと守備職人。相互補完でより効果的に

主将同士の激しいぶつかり合い。中盤でマッチアップするキーンとヴィエラ photo/Getty Images

ポルトガル語で「舵、ハンドル」を意味するボランチは、サッカーではフィールドの中央に位置して攻守を司る役割をする選手を指す。ただ、ボランチの語源はカルロス・ボランチというブラジル人選手だそうだ。舵を取るようにプレイした男の名前が、そのままボランチだったという出来すぎた話である。

欧州で「ボランチ」はあまり使われない。もともとは2バックシステム時代の「ハーフバック」からの派生なので、そのまま「セントラルMF」というような位置を表す呼称が使われることが多い。役割を表したボランチに近いのは、イタリア語の「レジスタ(司令塔)」や英語の「ディープ・ライング・プレイメイカー」がある。

この深い位置にいる「プレイメイカータイプ」を代表するのはアンドレア・ピルロだ。

ミランとユヴェントスで黄金期を築き上げた天才レジスタのピルロ photo/Getty Images

ディフェンスラインの前に位置し、そこから長短のパスを操って攻撃をリードした。飄々とした、というか相手をナメきったようなプレイぶり。視野が広く、何を見ているのか見当もつかない不気味さがあった。

このピルロとACミランでコンビを組んだのがジェンナーロ・ガットゥーゾ。まさに闘犬のごとく相手に食らいついてボールを奪う。ピルロとは対照的な「守備職人タイプ」のMFであり、だからこそ相互補完によって1+1以上の効果をもたらしていた。ボランチに求められるボールの狩り役、また底から攻撃につなげる組み立て役としての役割は、この2人によって完成を見たと言っても過言ではない。

同じような関係としてはフランス代表のジネディーヌ・ジダンとクロード・マケレレがあげられる。ジダンはボランチよりも1つ前のポジションだが、守備職人のマケレレと組むことで互いを補完していた。準優勝した2006年ワールドカップでは、マケレレとパトリック・ヴィエラの二重のプロテクトが効いていた。

攻守にハードワークするBOX to BOXタイプ

攻守にハードワークするBOX to BOXタイプ

守備範囲の広さと無尽蔵のスタミナでチームを支えたダイナモのマケレレ photo/Getty Images

また、ヴィエラはアーセナルでは両方のペナルティエリア間を行き来する「BOX to BOXタイプ」のMFとして活躍している。そのころのイングランドのクラブチームはほとんどが[4-4-2]システムを採用していて、MFは横並びのフラット。広範囲に攻守で貢献することが要求されていたポジションだった。長身でリーチが長く、相手の懐に足を突っ込んでボールを奪えるヴィエラは、攻撃では大きなストライドで駆け上がり、よく決定機も演出していた。

ジェフユナイテッド市原・千葉や日本代表の指揮を執ったイビチャ・オシム監督は、しばしば「水を運ぶ人」の重要性を話していた。

では、「水を運ぶ人」は誰のため、何のために水を運ぶのか。運んだ水は飲むのか、撒くのか。正解は「マイスターのために運ぶ」だ。

攻守両面で存在感を発揮したジェラードとランパード photo/Getty Images

マイスターは職人のトップにいる人で、いわゆる親方。例えば、レンガ職人がレンガを積むために必要な水を井戸や川から汲んでくるのが「水を運ぶ人」になる。親方自ら水を運んでいたのでは非効率なので、職能に合わせた分業システムというわけだ。

純然たるプレイメイカーがいた時代は、それを支える「水を運ぶ人」もいて、ピルロ+ガットゥーゾは21世紀にそれを復刻させた成功例だった。ブラジルでは第一ボランチ、第二ボランチと呼び、並列に見える2人のボランチにも違う役割をもたせていた。

一方、英国ではサッカーが労働者階級のスポーツだったせいか、特権階級は存在していない。2人のボランチは平等で並列。選手個々の特長の違いはあっても、要求されていることは同じで基本的に左右の場所の違いしかなかった。そうした伝統から生み出されたのが攻守にハードワークする「BOX to BOXタイプ」のMF。マンチェスター・ユナイテッドで活躍した闘将ロイ・キーン、ハードワークにゲームメイク、得点に至るまで一手に引き受けていたフランク・ランパード、スティーブン・ジェラードらにつながっていく。

英国型ハードワーカーとは対極のスペイン型ピボーテ

英国型ハードワーカーとは対極のスペイン型ピボーテ

バルセロナとスペインの心臓として、長きに渡りチームを牽引したブスケッツ photo/Getty Images

スペインの「ピボーテタイプ」はまた少し違う。スペイン語で「回転軸」を意味するピボーテは、ボランチの本来のイメージに近い。代表的なのはバルセロナで黄金時代を支えたセルヒオ・ブスケッツだろう。リヴァプール、レアル・マドリード、バイエルンで活躍したシャビ・アロンソは高精度のロングパスの名手だった。

タイプとしてはピルロに似ているが、ガットゥーゾのような守備を補完してくれる相棒はおらず、中盤を組むのは攻撃的なインテリオール(インサイドハーフ)である。

スペインのピボーテはオランダ由来で、最初のモデルは「ドリームチーム」と呼ばれたバルセロナのジョゼップ・グアルディオラだ。ヨハン・クライフ監督が持ち込んだアヤックス方式の戦術において、DFの前に位置するMFはボールの中継地点、ビルドアップの軸として機能した。

高い技術と身体能力を兼ね備えており、現役時代はトップ下からセンターバックまでこなした万能選手のライカールト photo/Getty Images

ある意味、英国型のハードワーカーとは対極で、フィールドの中央にどっしりと構える。走り回るよりもチームのヘソに位置していることが重要だからだ。どの選手とも線を結べる位置にいることによって、ピボーテにボールが集まり、ピボーテからパスを捌ける。つまり、主に攻撃時にボールを運ぶことを主眼とした役割なのだ。走れて戦える屈強な選手ではなく、華奢な技巧派だったグアルディオラを抜擢したのは当時としては画期的だったが、その流れは現在まで続いていてスペイン代表にも影響を与え、オランダというよりすっかりスペインのスタイルとして定着している。

ピボーテの源流だったオランダでは、フランク・ライカールトがアヤックスでその役割を完璧に果たしていた。ただ、ライカールトはACミランでは英国式フラットラインのセントラルMFとしても大活躍していて、CBやトップ下でもトップクラスという破格の万能選手である。史上最高のボランチかもしれない。

ペップがバイエルンの指揮官に就任すると、アンカーやインサイドハーフなどのタスクも任されたラーム photo/Getty Images

MFではないが、SBがボランチ化する「偽SB」は近年の流行で、ダニ・アウベスやフィリップ・ラームはその先駆けだった。現在はマンチェスター・シティのジョン・ストーンズがCBからボランチ化する「偽CB」として知られているが、かつての攻撃的リベロの焼き直しと捉えることもできる。フランツ・ベッケンバウアー、マティアス・ザマー、ローター・マテウスなど、ドイツにはこの系譜があったのだが、現在はリベロそのものがなくなっているので途絶えている。

組み立てと守備、さらにプラスアルファ。タイプはさまざまだが、攻守に万能な総合力の高さが求められるポジションはスペックの高い名手を数多く生み出してきた。

文/西部 謙司

※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)第292号、4月15日配信の記事より転載

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