マンU行きの栄光から10年 「貴重な経験」としながらもファーガソン退任後の失敗を認める香川

マンUで約2年プレイ photo/Getty Images

アジアでも歴代屈指と言える経歴の持ち主

日本の元10番、香川真司がドルトムントからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍してから早10年。香川本人がドルトムント時代とマンU時代の栄光と転落について、当時を振り返った。

セレッソ大阪から2010年にドルトムントへと移籍した香川は1年目からいきなりユルゲン・クロップ監督の信頼を掴み、トップ下のレギュラーとして躍動。2年連続のリーグ制覇やDFBポカール優勝などを達成し、欧州中に自身の名を知らしめた。

独『transfermarkt』に取り上げられた香川は、「今思えば、タイミングと監督に恵まれたと言わざるを得ません」と1度目のドルトムント時代を振り返った。

この活躍は当時マンチェスター・ユナイテッドの指揮官を務めていたアレックス・ファーガソン氏の目にも留まり、2012年6月にマンUへの移籍が決定。1年目は怪我などもありながら、リーグ戦6ゴール4アシストを記録し、ノリッジ戦ではアジア人初の快挙となるプレミアリーグでのハットトリックを達成。プレミアリーグ優勝に貢献し、順調な滑り出しをみせたかに思えた。

事態が急変したのはシーズン終盤。香川を引き抜いたファーガソン氏の勇退が決まり、新シーズンからは当時エヴァートンを率いていたデイビッド・モイーズ監督がマンUの指揮官に就任したのだ。

モイーズ監督率いるマンUは不名誉な記録を次々と生んでしまい、リーグ戦を7位でフィニッシュ。翌シーズンのチャンピオンズリーグ出場権も逃し、香川はリーグ戦18試合ノーゴールに終わった。

香川はこのマンU2年目がいかに難しいものだったかについても、同メディアで明かした。新指揮官の下でうまくいかなかったことを認めている。

「もちろんたくさんの理由があったし、特別な理由があったわけではありません。新しい監督が来れば、戦術も大抵変わります。2年目はチームとしてうまく機能しませんでした。そうなると個々の選手もうまく機能することが難しくなってきます。サッカーではよくあることで、そのことに気づけたのは当時としては貴重な経験でした」

このシーズン後にドルトムントへと復帰した香川はなんとか調子を取り戻し、2015-16シーズンには9ゴール7アシストを記録。その後はベシクタシュやレアル・サラゴサ、PAOKテッサロニキ、シント・トロイデンといった4つのクラブを渡り歩いた。

モイーズ監督の下で上手くいかなかったマンU2年目は残念な結果に終わってしまったが、この経験が複数のクラブを渡り歩く上で役立ってきたに違いない。現役引退後の香川がもし仮に指導者の道を歩むとすれば、この経験をよりダイレクトに選手たちへと還元することもできるはずだ。

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