名選手、名監督にあらず。よく聞かれる言葉だが、一方で名選手が名監督にもっとも近いという考え方もある。現役時代の経験をもとに自身の考えを言語化してチームに揺るぎない方向性を示し、選手にたしかなモチベーションを与える。同じアクションを取るなら、選手時代に無名だった者よりも名選手だった者のほうがより説得力がありそうである。
ミケル・アルテタは2015-16シーズンにアーセナルで現役を終えると、同年7月にすぐにジョゼップ・グアルディオラ監督が就任したマンチェスター・シティのアシスタントコーチとなった。発想力豊かで既成概念にとらわれないペップのチーム作りを経験し、2019年12月にアーセナルの監督となり、暗中模索していたチームの再建をスタートさせた。
しかし、その道のりは簡単ではなく、2シーズン続けて8位と満足のいく成績を残せていなかった。今シーズンも3連敗スタートで最下位に転落し、希望を見いだせない状態だった。なにしろ、第3節マンC戦はただただ劣勢を強いられての0-5。この時点では、次期監督が誰になるのか予想しているメディアが多かった。
ところが、その後はアーロン・ラムズデール、ベン・ホワイト、冨安健洋、アルベール・サンビ・ロコンガなど新加入選手を積極的に起用し、プレミアリーグで無敗を誇っている。9月にはリーグの月間最優秀監督賞を受賞しており、崖っぷちから短期間で生還している。その背景には、新加入選手も含めて、マルティン・ウーデゴー、エミール・スミス・ロウ、ブカヨ・サカなど、アルテタの志向する戦術をピッチで表現する吸収力&実行力を持った若手を中心に編成を組んだことがあげられる。
「まず、チームや選手に対する私の信念。さらに、クラブにいるすべての部門の関係者への私の信念。すべての人々に、私の信念を伝えなければいけなかった」
これは、クラブから紹介されているアルテタの言葉である。アーセナルの若い選手たちには、こうした意向を汲んで短期間で結果につなげる力があった。具体的には、強度の高いアグレッシブな守備でボールを奪い、素早くゴールを目指すスタイルにあった選手を補強したことが現在の好成績につながっている。そういった意味では、アルテタにはピッチでのプレイをデザインする力とともに、選手個々の特長を的確に見抜く力、自分のスタイルに合った選手を見極める力、クラブ全体をマネージメントする力があったということになる。
第11節ワトフォード戦での選手たちは、自信に満ち溢れていた。7分には相手陣内の高い位置でエインズリー・メイトランド・ナイルズがボールを奪い、そのままの勢いで前方のアレクサンドル・ラカゼットへパス。ラカゼットのゴール前へのパスはGKに触られたが、こぼれ球をピエール・エメリク・オバメヤンが拾い、ラストパスを受けたサカがゴールネットを揺らした。最後の場面でオフサイドがあってゴールは取り消されたが、強度の高いプレスでボールを奪取し、素早くフィニッシュまでつなげた象徴的なシーンだった。
なお、この試合では56分にスミス・ロウが決勝点を決めているが、このゴールも相手陣内でビルドアップのボールを奪ったことで生まれている。しかも、マイボールにしたのはCBのホワイトだった。アルテタが指揮するいまの若きアーセナルには、矢印が前方に向いている積極的な守備ができる選手が揃っている。現代のサッカー選手らしく、それぞれ攻守の切り替えも抜群に早い。
代表ウィーク明けの11月20日に第12節リヴァプール戦が予定されている。ここで勝利すると、若いチームだけにますます勢いを増すと考えられる。