3年後、そんなリヴァプールに転機が訪れる。『フェンウェイ・スポーツグループ』(以FSG)による買収だ。ジレット、ヒックスと異なり、『FSG』は豊富な資金を持っていた。さらにボストン・レッドソックスやラウシュ・フェンウェイレーシングといったスポーツ関連のビジネスも手がけているため、ありとあらゆるプランを緻密に進めるノウハウも心得ていた。
ジレットとヒックスが作った借金を瞬く間に返済し、ドルトムントを退任してフリーだったユルゲン・クロップにも素早くコンタクト。この人選によってリヴァプールが上昇曲線を描いていったことは、改めていうまでもない。
ダルグリッシュはレジェンドだ。ホジソンは好々爺で、12-13シーズンから指揮したブレンダン・ロジャーズもすぐれた指導者ではある。ただ、サポーターのハートを完全掌握するまでには至らなかった。タイプの違いといえばそれまでだが、彼らはどちらかといえばクールであり、表情が表に出ない。
一方、クロップは熱い、熱すぎるほどだ。つねにテクニカルエリアに立ち、選手のパフォーマンス、審判のジャッジに一喜一憂する。サポーターにすれば感情移入がしやすい。なおかつ記者会見ではウィットとユーモアに富んだ対応で、シニカルなタイプが揃うイングランドのメディアを虜にしている。「監督として、人間として尊敬できる」(ロベルト・フィルミーノ)、「監督が嫌といっても一生ついていく」(トレント・アレクサンダー・アーノルド)、「ケガで一年以上も使いものにならなかったのに、いつも気にかけてくれた。いまの僕があるのは監督のおかげ」(アレックス・オックスレイド・チェンバレン)、選手間の評判も上々だ。
この人間性もクロップの魅力であり、彼を軸とするリヴァプールの強化委員会は、綿密、かつ長期プランに基づいて補強を図っている。アリソン・ベッカー、フィルジル・ファン・ダイク、アンドリュー・ロバートソン、ジョルジニオ・ワイナルドゥム、サディオ・マネ、モハメド・サラー、フィルミーノなどなど、就任後4シーズンの補強は成功例が非常に多い。
しかもファン・ダイクを除くと、移籍市場を賑わせた選手ではない。クロップが標榜する“ヘヴィメタル・フットボール”に適応するタレントだけを獲得し、プレミアリーグに馴染むまで時間を与えてきた。したがって南野拓実も、成功する確率が非常に高い。
28節のワトフォード戦に敗れ、無敗優勝の夢こそ潰えたリヴァプールだが、仮にファン・ダイクが重要な局面でスリップしても、30シーズンぶりのリーグ制覇は、プレミアリーグと改称されてからの初優勝は動かしようがない。「けが人が相次いだ」「監督と主力のソリが合わなかった」「補強が失敗した」……。他クラブは言い訳を並べたくもなるだろうが、すべて負け犬の遠吠えだ。
『FSG』体制下のリヴァプールはフロントも現場も充実している。ライバルとのレベル格差も開きつつある。クラブ創設から128年を迎えたいま、彼らの春は永く続く。
文/粕谷 秀樹
※電子マガジンtheWORLD243号、3月15日配信の記事より転載
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