[特集/欧州戦術パラダイム最前線 05]狙うはTOP4返り咲き 斬新すぎる流動性でアーセナル復活のとき

流動性で相手を混乱 原則があるから変化もできる

流動性で相手を混乱 原則があるから変化もできる

長らく低迷していた古巣を立て直すべく、指揮官の経験を持たないながらも昨年12月に監督に就任したアルテタ photo/Getty Images

 約2年と少し前、22年もの永きにわたってチームの舵取りを任されたアーセン・ヴェンゲルが退任。ウナイ・エメリを指揮官に迎えた新たな体制でリスタートを切ったアーセナル。しかしエメリはチームを適切に導くことができず成績は低迷、クラブは昨年末にOBのミケル・アルテタを後任に据えることになる。マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラのもとで指導者としての研鑽を積んだアルテタ監督は、崩壊しかかったチームの立て直しに尽力。その結果、ようやくアーセナルはヴェンゲルの影から脱却した新たな姿を見せつつある。3季連続でチャンピオンズリーグの出場権を逃しているのが現状だが、今季は第4節を終えて3勝1敗の4位と、まずまずの滑り出しを見せた。

 アルテタ監督率いるアーセナルは斬新だ。戦術的な面白さでいえば、プレミアでも屈指だろう。ただし、それがパフォーマンスに表れているかという疑問も少々あるのが現状だ。

 アイデアはとても面白い。システムは[3-4-3]が基調だが、誰がどのポジションなのか判然としないぐらい流動的である。

 第4節のシェフィールド・ユナイテッド戦で見てみよう。基本システムは[3-4-3]。GKベルント・レノ、DFはガブリエウ・マガリャンイス、ダビド・ルイス、キーラン・ティアニー。MFがエクトル・ベジェリン、モハメド・エルネニー、ダニ・セバージョス、ブカヨ・サカ。FWにウィリアン、エディ・エンケティア、ピエール・エメリク・オバメヤン。この11人の先発だった。

 ところが、いざ始まってみると3バックではなく4バックにも見える。MFのはずのエルネニーが右SBの位置にいて、ベジェリンのほうが高いポジションだった。しかしそうかと思えば、2人の位置が逆になっているときもある。

 攻撃時のポジショニングを整理してみると、だいたいこのようになる。後方待機がエルネニー、ダビド・ルイス、ガブリエウの3人。中盤はセバージョスが中央でウィリアンとサカがハーフスペースにいる。ワイドはベジェリンとティアニーで、エンケティアとオバメヤンの2トップの[3-5-2]に近かった。グラニト・ジャカが中盤に入るときは、ジャカが左SBの位置に降りてビルドアップに参加することもある。

 ただし、常にそうではない。このあたりがアルテタ監督の面白いところだ。非常にフレキシブルでポジションなどないように見える。しかし、よく見ると「原則」があることがわかる。原則があるから、選手がフレキシブルに動けるともいえる。

 攻撃の原則はサイドの2レーンを使い、そこにトライアングルを作ること。2レーンに3人なら、同じ高さに人が並ぶことはないので、三角形は2種類になる。底辺が外のレーンにあるか、ハーフスペースにあるか。そしてこの原則に則っているかぎり、誰がどこにいてもいい。

 中央はあまり使わない。これはCL優勝のバイエルン・ミュンヘン、EL優勝のセビージャにも共通で、現在のトレンドといえるかもしれない。中央部でボールを失うとカウンターを受けるリスクがあるからで、中央エリアはいわば地雷が埋まっているという認識だ。ここを使わないので、アーセナルのパスの受け手は相手を背負うことがほとんどない。それだけ安全に受けていると言える。

 この辺までならさして斬新ではないのだが、興味深いのは左右でバランスが違うのだ。左はティアニー、サカ、オバメヤンのトライアングル。右はベジェリン、ウィリアン、エルネニーである。3人は入れ替わり自由。

 さらにセバージョスはこの2つのトライアングルを中継してサイドを変える役割だが、セバージョスとエルネニーも互換性があり、2人が入れ替わることがあるのだ。これだけ流動性があると、初見の相手は何がどうなっているのか理解できないだろう。

 シェフィールド・Uは、立ち上がりからアーセナルのビルドアップに前線からプレッシングしていくプランに見えたが、早々に撤退してスペースを埋める守り方になっていた。アーセナルの流動性に面食らったのだろう。

個性を生かし柔軟に対応 求められるのは個の高いレベル

個性を生かし柔軟に対応 求められるのは個の高いレベル

セバージョスはゲームメイカーとしてチームにリズムをもたらすだけでなく、左右のバランスが違うフォーメーションを成立させるカギにも photo/Getty Images

 アーセナルの流動性は斬新だった。しかし、効果についてはそれほどでもないのが現状といえる。

 アルテタ監督になってから定番になっている自陣深くからのビルドアップも、むしろ対戦相手から狙われている。ポジショニングはとれているが技術が追いついていないのだ。エルネニーとセバージョスがいないときのビルドアップはかなり危なっかしい。シェフィールド・Uがそこを狙ったのは当然で、そのハイプレスを撤退させたアーセナルの流動性にはそれなりの効果があったとは言える。ただ、それだけだった。

 ボールは支配していたが、前半はほとんど決定機を作れていない。後半にペペ投入をきっかけに2点を連取したが終盤に1点返され、2-1で勝利したものの勝負は際どいものになっていた。

 守備についてもアーセナルには独特なところがある。

 サイドのトライアングルでそのままプレッシングをするのだが、自陣に引き込んだときにはボールサイドにCBが寄るのだ。実質2バックのダビド・ルイスとガブリエウは中央よりボールサイドに寄せていく。つまり、ゴール前をカバーしているのは逆サイドから引いてくる2人、たとえばサカとティアニーが守る。

 ボールサイドを完全に封鎖しようという意思が読み取れるが、中央は人選的に手薄になっている。押し込まれたときには5人でディフェンスラインを形成し、ボールサイドへスライドするという原則なのかもしれない。

 攻守ともに選手の動きを追うとカオス的なのだが、実際には原則がはっきりしているのでバランス自体は崩れていない。攻撃のときに左右のトライアングルの組み方が違っていたように、選手の個性に応じた柔軟性が高い。しかし一方で、全員が攻守に高いレベルにないと流動性の効果は限定的だと思う。つまり、アイデアは斬新で素晴らしいのだが、まだ中身がついてきていない。ハマったときの破壊力はすさまじいものがあるが、まだ回数は限られている。

 アルテタ監督のアイデアに、選手の技術や練度が追いついたとき、アーセナルはまた1段上のサッカーを見せるだろう。10月11日付『guardian』によれば、ヴェンゲル元監督も「TOP4に入れると確信している」と古巣のクオリティ向上を称賛した。見たこともない新たなスタイルを提示して旋風を起こすレベルに到達するか、あるいは絵に描いた餅で終わってしまうのか。アルテタとアーセナルの真価は、いよいよ今シーズンに試される。

文/西部 謙司

※電子マガジン「ザ・ワールド」250号、10月15日配信の記事より転載

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