[特集/欧州戦術パラダイム最前線 04]クーマンが見据えるバルセロナの未来 今季のシステムは“脱メッシ”が裏テーマ

「偽9番」に回帰し、アップデートを施したクーマン

「偽9番」に回帰し、アップデートを施したクーマン

スアレス、ビダルらが去り、クーマン体制のバルセロナはより“テクニシャン揃い”という印象となった

 昨シーズンのCL決勝トーナメントでは、バイエルンに2-8とまさかの惨敗。あろうことか、絶対的エースであるリオネル・メッシの移籍話が飛び出し、会長との軋轢まで公になってしまう始末。今季開幕前のバルセロナ周辺は、これまでになく騒がしいものだった。今季は正念場のシーズンであり、クラブの行く末を不安視する声もそこかしこから聞こえてきた。だがロナルド・クーマン新監督が見せたバルセロナの変化は、見た目にはそう大きなものではなかった。

 システムは[4-2-3-1]に固定、注目のメッシはCFに起用し、トップ下にコウチーニョを置いた。サイドハーフには右にアントワーヌ・グリーズマン、左にアンス・ファティというアタックラインである。

 バルセロナ歴代監督にとって、常に課題となるのがメッシ・システムの構築だ。
 メッシの起用方法自体は難しくない。主に右のハーフスペースを起点としたプレイができるようにすること。守備負担を軽減すること。この2点だけだ。

 ジョゼップ・グアルディオラ監督は「偽9番」で起用した。[4-3-3]の両ウイングを高い位置に張らせて相手DFをそこに固定し、メッシが少し下がることでDFとMFの間のバイタルエリアに潜り込ませた。CFなので守備負担は最も軽い。

 ルイス・エンリケ監督は、メッシのもともとのポジションである右ウイングに起用。CFにルイス・スアレス、左にネイマールのMSNを形成する。こちらは「偽7番」だ。メッシは右サイドから右のハーフスペースへ移動する。そのときに幅をとる役割は右サイドバックになり、縦の上下動はかなり大きくなった。一方、右のインサイドハーフはメッシとサイドに高く張り出すサイドバックのカバーに回ることが多くなる。また、メッシはスアレスとともに攻め残ることで守備負担を軽減し、そのぶんネイマールが引いて4-4の守備ブロックに組み入れられていた。

 エルネスト・バルベルデ監督は最もシンプルに、メッシとスアレスの2トップによる[4-4-2]だった。

 しかし、いずれも2シーズン以上続けていくと、どこかに無理が出てくる。「偽9番」ではウイングが形骸化し、「偽7番」だと右サイドバックが疲弊、右インサイドハーフと左ウイングへの負担も出てくる。[4-4-2]は4-4の守備ブロックがバルサの伝統と合っておらず、相手に攻め込まれたときの強度があまりない。

 それでもメッシを生かすことは勝利への近道なので、形を変えながら歴代監督はその都度メッシ・システムを探ってきたわけだ。

 クーマン監督は「偽9番」に戻している。ただし、[4-3-3]ではなくボランチにセルヒオ・ブスケッツとフレンキー・デ・ヨングを配した。

 メッシはCFなので守備負担の軽減はできる。チーム全体に守備でのハードワークを要求しているので、従来よりもメッシは守備もしているが、それでもフィールドプレイヤーの中では最も負担は軽い。

 ここでピンポイントになるが、今季のバルサらしいビルドアップを紹介したい。

 ゴールキックからつないでいくのは従来と同じだが、全体に扇形に広がって空白地帯となっている中央にメッシかコウチーニョが下りて、そこへスパッと縦パスを入れていく形が見られる。メッシとコウチーニョでなければ危険だが、彼らの個人能力で成立させている。相手を開かせておいて、ど真ん中をついていくので、一気にカウンターになるケースもあり、他チームは真似しにくいが新しい形のビルドアップになっている。

“メッシ・システム脱却”はファティらの動きがカギ

“メッシ・システム脱却”はファティらの動きがカギ

ビジャレアル戦、セルタ戦と続けざまに3ゴールを叩き込んだファティ。物怖じしない17歳の破壊力は大きな武器になる photo/Getty Images

 従来との大きな違いは、昨季はほぼメッシの占有スペースだったバイタルエリアに4人を投入していることだ。

 攻撃の仕立てとして、「幅」「中間ポジション」「裏」を組み合わせていくのは従来と同じだが、今季はグリーズマン、メッシ、コウチーニョ、ファティの4人がDFとMFの間にポジションをとっている。幅をとるのはセルジ・ロベルトとジョルディ・アルバのサイドバック。これは従来と変わらないが、中間ポジションに4人いるのは新しい。

 メッシ・システムの構築はクーマン監督の使命だが、同時にメッシ依存からの脱却も重要な“裏テーマ”である。バイタルに4人というところに、その意図はうかがえる。ポイントは誰が裏抜けを担当するかだろう。

 4人が中間ポジションをとっていることで、相手DFはそれぞれを警戒しなければならない。そうすると、DFの動きの逆をついて裏スペースへ飛び出すチャンスも増える。メッシにマークが集中することも避けられる。

ただ、これまで裏へ抜ける担当だったスアレスの役割を誰がやると効果があるのかは、まだ判然としていない。

 今季はバルセロナにとっての“開幕”は第3節からだが、そこからの3試合で3ゴールのファティが存在感を示している。ジョルディ・アルバからのマイナスのクロスは、これまでメッシのた
めだけのものだった。ところが、ファティはメッシと同じ場所に走りこんでシュートを狙っていた。ポジショニングが重なってしまっているのはいいことではないが、メッシにも遠慮せずにプレイしている。メッシは生かさなければならないが、依存しすぎるのもよくない。ファティの使い方は、そうしたクーマン監督の“脱メッシ”の意向の表れといえるかもしれない。

 トップ下のコウチーニョはメッシと守備の最前線を担当するだけでなく、さらに引いて守備を助けている。国内リーグはともかく、CLベスト8以上となれば4-4の守備ブロックでは強度不足だった。コウチーニョはそれを補う役割を負っている。攻撃面でも中間ポジションでの間受けだけでなく、ブスケッツ、デ・ヨングと連係しながら左右にパスを振り分ける。クーマン監督のチームで潤滑油としての働きをしているようだ。

 一方で、まだはっきりしないのがグリーズマンだ。右ウイングからハーフスペースに入るのだが、この場所はメッシと重なりやすい。メッシとグリーズマンの有機的なポジションチェンジが期待される。

 いくらゴタゴタがあろうと、メッシ中心のシステムになるのはバルセロナの宿命のようなものだ。現時点でメッシは紛うことなきバルセロナのエースであり、メッシがチームの中心になる形は今季も変わらないだろう。だが、とりあえずチームに残留したメッシも、来季どうなるかは未だ分からない。クーマン監督が見据えているのはその先。メッシに依存しすぎず、いかにチームの形をつくるかだ。メッシなきあとの“未来のバルセロナ”の萌芽が今シーズン、見られるかもしれない。

文/西部 謙司

※電子マガジン「ザ・ワールド」250号、10月15日配信の記事より転載

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