【特集/フットボールを進化させる監督 4】スカウティングと戦術が奏功するトッテナム 覇権へのラストピースは勝者のメンタル

ずば抜けた交渉力で選手を揃え、独自の戦術を行使

ずば抜けた交渉力で選手を揃え、独自の戦術を行使

2014年5月からトッテナムを率いるマウリシオ・ポチェッティーノ監督 photo/Getty Images

カイル・ウォーカー、エリック・ダイアー、ダニー・ローズ、ハリー・ウィンクス、クリスティアン・エリクセン、そしてハリー・ケイン……。2016-17シーズン開幕以降、トッテナム・ホットスパーは主力との契約を次々に更新しているが、書類にサインする選手の傍らには、つねにマウリシオ・ポチェッティーノ監督の姿がある。諸々の手続きをクラブに任せ、知らぬ存ぜぬを決め込む監督も少なくはないが、ポチェッティーノは強化に積極的で、なおかつ責任感にあふれた姿勢をスパーズの公式サイトを通じてアピールしている。ノースロンドンを本拠とする名門は、ベストと考えられる人材をようやく見いだしたようだ。

スパーズにはクラブ創設118年という歴史がある。スティーブ・ペリマン、マーティン・チバース、ガリー・リネカー、ポール・ガスコイン、オズワルド・アルディレス、ユルゲン・クリンスマンなど、過去には数多くの名手がプレイしていた。記憶に新しいところでは、ルカ・モドリッチとガレス・ベイル(ともに現レアル・マドリード)も、ホワイトハートレーンのアイドルだった。

しかし、イングランドのトップリーグは2回しか優勝していない。最後に頂点に立ったのは50年以上も昔の話だ。近年はチャンピオンズリーグの出場権を獲得できれば上出来で、プレミアリーグでは5〜6番手に甘んじていた。監督も落ち着かず、4シーズン近く在任したハリー・レドナップを除くと、ファン・デ・ラモス、アンドレ・ヴィラス・ボアス、ティム・シャーウッドなどはいずれも短命に終わっている。この人事に関し、レドナップは次のように語っていた。「フットボールを知らないダイレクターが強化を仕切り、責任を取るのは見知らぬ選手を押し付けられた監督だ」
彼の不満も分からないではない。ミアン・コモリやフランコ・バルディーニといったダイレクターが進めた補強がことごとく失敗に終わったにもかかわらず、ダニエル・リービィ会長は監督の首を挿げ替えるだけで次へ進んでいった。しかしレドナップはメディアに愚痴をこぼすだけで、リービィ会長を説得できるだけの建設的な意見を持っていなかった、といわれている。感情論に終始した、との情報も飛び交っていた。

一方、ポチェッティーノは監督が強化の主導権を握るべき正当性を論理立てて説明し、タフネゴシエーターとして知られるリービィ会長を説き伏せたという。そしてダイアー、トビアス・アルデルヴァイレルト、デル・アリ、ソン・フンミン、ヴィクター・ワニャマといった選手を、自らのコネクションを利用して獲得したのである。彼らはいずれもポチェッティーノの代名詞ともいうべき〈ハイライン・ハイプレス〉の適応者であり、放出されたエマニュエル・アデバヨール、ロベルト・ソルダード、アーロン・レノンなどは、あらゆる面で監督が求める水準に達していなかった。そう、「ポチェッティーノはスパーズを完全に掌握している」といって差し支えない。

しかし、すべてが順調に進行しているわけではない。選手層の薄さを改善する特効薬はなく、リヴァプール戦のようにフワッと立ち上がり、最後まで修正できないケースもある。「プレミアリーグを制する資格はない」と、ポチェッティーノもおかんむりだった。

優勝争いを制するために必要なのはタフな精神力

優勝争いを制するために必要なのはタフな精神力

アーセナルよりも上位を目指すと公言するハリー・ケイン photo/Getty Images

いま、スパーズが直面する課題はビッグマッチの対応力だ。ポチェッティーノが監督に就任した14-15シーズン以降、トップ6との直接対決は1勝6分8敗(25節終了時点)。20節にチェルシーを破るまで、一度も勝っていなかった。ここにチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグ(17日のヘント戦も含む)をインプットすると、9勝12分7敗。そのほかのゲームは65勝25分18敗というデータからも同等、格上、もしくはヨーロッパ大陸のチームと対戦した際の脆さが判明し、それはリヴァプール戦でも明らかだった。

精神面の改造が必要だ。いわゆる〈勝者のメンタリティ〉を、早急に植えつけなくてはならない。難しい仕事であることは百も承知している。あのマンチェスター・ユナイテッドでさえ、アレックス・ファーガソンが四半世紀にわたって植えつけた内面の強さを、デイビッド・モイーズ(現サンダーランド監督)が半年足らずで完全に削除した。ユナイテッドと異なり、タイトル歴が薄いスパーズでは至難の業であり、ポチェッティーノにはサー・アレックスのような経験がない。

まして、近ごろの若者は人づきあいが苦手になってきた。SNSを通じて知り合うことをベストと信じ、実際に遭って互いのフィーリングを確かめ合う作業を「ウザイ」と感じる。こうした世代の若者たちは、戦略・戦術の実行力を伴っているのだろうか。

ポチェッティーノは3月2日で45歳になる。20代前半の選手にすれば、父親の世代に近い。畏怖と尊敬が交錯し、複雑な感情を抱くに違いない。監督が接近すると必要以上に恐縮し、少し距離を置くと疎外感を抱く。コントロールが難しい。スパーズというクラブの歴史と現状は、〈勝者のメンタリティ〉を植えつける土壌として適していない。したがって、ここからが本当の勝負、試練なのではないだろうか。

スパーズをこんにちの地位まで引き上げた功労者は、紛れもなくポチェッティーノである。昨シーズンに続き、今シーズンもプレミアリーグの優勝争いに参戦しているのだから、一定の実力は身につけたと考えていいはずだ。ただ、優勝を争うのではなく、優勝しなくてはならない。チャンピオンズリーグに出場するだけではなく、ベスト8以上を目標にしなければならない。ポチェッティーノの緻密なスカウティングはすでに高く評価されている。喫緊にクリアすべき難題は、やはりモチベーションの誘導だ。

文/粕谷秀樹

サッカージャーナリスト。特にプレミアリーグ関連情報には精通している。試合中継やテレビ番組での解説者としてもお馴染みで、独特の視点で繰り出される選手、チームへの評価と切れ味鋭い意見は特筆ものである。

theWORLD183号 2017年2月22日配信の記事より転載

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