水沼貴史のJリーグ発足秘話(中編)「1993年の歴史的開幕戦では、とにかくドリブルを仕掛けたよ」

1993年5月15日、国立霞ヶ丘陸上競技場でJリーグのオープニングゲームを戦ったのは、日本サッカーリーグ時代より鎬を削ってきたヴェルディ川崎(前身:読売クラブ)と横浜マリノス(前身:日産自動車)。日本中が固唾を呑んで見守ったこの一戦は前半19分にヴェルディのマイヤーが先制ゴールを挙げるも、後半3分にエバートン、同14分にディアスが得点し、2-1でマリノスが逆転勝利。メモリアルゲームの勝者として名を刻んだ。

Jリーグ発足秘話・中編では、この記念すべき開幕戦にスポットを当てる。マリノスの一員としてフル出場した水沼貴史氏は、熱狂と激闘のなかで何を感じていたのだろうか。

涙が止まらなかった開幕セレモニー 

涙が止まらなかった開幕セレモニー 

1-1の同点で迎えた後半14分。水沼氏のシュートのこぼれ球に反応したR・ディアスが決勝ゴールを挙げ、マリノスが記念すべき一勝を挙げた photo/Getty Images 

ーー93年5月15日、開幕戦のセレモニーや、選手入場の際のご心境はいかがでしたか。


「国立に向かうバスの中で既にテンションがMAXになっていて、ウォーミングアップをして、その帰りにセレモニーがずっと行われていたのは覚えていますね。暗転になってレーザーが“ビューン”って飛び交うなんてことはあまり経験したことがなくて、アップを終えて帰ってきた時にヴェルディの加藤久さんと目が合ったんですけど、『いよいよだな』ってお互いを見合った時に涙がこぼれてきました。で、そこからスタジアムの暗転を見てまたテンションが上がって涙が止まらなくなって、1回ロッカールームで顔を洗ってそこから気持ちを入れ直しましたね。まるで夢のようなひと時というか、いろんなことが蘇り思い返されるというか......。今までやってきたことをこのピッチで表現しなきゃという思いもそうだし、覚悟と感動、感謝の思いがこみ上げてきたかなぁ」  


ーー貴重なお話をありがとうございます。余談ですが、開幕セレモニーで流れていた『J'S THEME』も、選手の魂を揺さぶる感じの良い曲ですよね。


「そうそう! あの曲は忘れられないですね。Jリーグ25周年(2018年)の時にリメイク版が出て、アレンジが変わったんですよ。その時の企画で僕と宏太(現.横浜F・マリノス)が対談したのを覚えています(笑)。それと、開幕してからの2年くらいはCDプレイヤーで、僕はあの曲をずっと聴いていました。今の選手たちも、クラブバスから降りてからスタジアムに音楽を聴きながら入っているでしょ? ああいう感じで僕は『J'S THEME』を聴きながら試合に臨んでいました。今でもあの曲がかかると93年5月15日のことを思い出しますし、あの時の気持ちになれますね」

ーーでは、いよいよ5月15日のオープニングゲームを振り返って頂くんですけど、水沼さんご自身やチーム全体のプレイはいかがでしたか。

  
「とにかく気持ちが前面に出たゲームでしたね。やるしかないという覚悟に満ちた試合と言うか。自分のプレイはまぁまぁでしたね。最後決勝ゴールのところにも絡めましたし、何回か仕掛けることもできた。とにかく、全力を出しきることしか考えていませんでしたね」


ーー決勝ゴールは井原選手からのロングフィードを木村和司選手がヘディングで落とされたところからでしたよね。


「そうそう! 和司さんが落とされたボールを自分(水沼さん)が受けて、都並とペレイラの間をズバッとドリブルで抜けていった! 僕にヘディングパスが来る前に和司さんとは目が合いましたね」


ーー都並(敏史)選手とペレイラ選手の間にできたドリブルのコースも見えていたと。


「あれは一瞬で判断したんだと思います。間を抜ける時のトラップなんですけど、実は自分でボールにバックスピンをかけたんです。抜けた瞬間にはスピンでボールが止まっていたから、もう1回自分で持ち直したうえでドリブルしたのかな。まぁ、シュートがダサかったですけど(笑)」  


ーーでも、あのシュートが無かったら(決勝ゴールの)ディアス選手の前にボールはこぼれなかったと。


「まぁ、そうですね(笑)」


ーーちょっと時系列が前後するんですけど、マイヤー選手の先制ゴールが決まった時はどのようなお気持ちでしたか。


「1点は入れられたけど、僕たちはヴェルディと相性は悪くなかったので。慌てることは無かったですね」


ーーそういえばこの開幕戦の前の段階で、マリノスは日産自動車時代から対ヴェルディ戦(読売クラブ戦)16試合連続無敗だったんですよね。


「確かそうでした」   

ーー日本サッカーリーグ時代から日産自動車と読売クラブが高いレベルで鎬を削っていたと思うんですけど、それがJリーグの本当のオープニングゲームになったことについてはいかがお感じですか。


「この2チームが日本サッカーリーグを引っ張ってきたという自負があるし、そういったこともありオープニングカードに僕らが選ばれたんだろうと思っていました。だからこそ裏切れないなというのがありましたね」


ーー見ているお客さんの期待ということですよね。


「そうそう。16試合無敗の期間があったけど、その前は全然読売に勝てなかったんです。ボールは回されるし本当に取れない時期があって。でも1回勝ってからは自信を持ってやれるようになったかな。お互いに強さや良さを認め合っていたからこそのライバル関係だったと思いますね。相手を舐めることもないし、自分たちのほうが力は上みたいな驕りみたいなものもない。とにかく相手は上手いし強い。僕たちはそういう風に読売クラブを見ていたし、読売クラブも日産をそう見ていたと思う。だからこそ、互いに良いところを見せ合って戦えたんだと思います」

巧みなポジションチェンジで都並氏を幻惑

巧みなポジションチェンジで都並氏を幻惑

開幕戦で激突したヴェルディは、日本サッカーリーグ時代よりマリノスとライバル関係にあった photo/Getty Images 

ーー同点弾の直接のきっかけは木村和司選手の意外性あるショートコーナーでしたが、この前に水沼さんが敵陣でファウルを貰っていて、これがマリノスの猛攻に繋がっていますよね。


「その前にも相当倒されているので。Jリーグ史上初めてイエローカードを貰ったのが都並なんですけど、そのファウルを受けたのも僕なんです。僕は普段右サイドにいることが多いんですけど、あの試合では最初左サイドにいました。都並は僕が右サイドで絶対プレイすると思っていたから、最初に僕にガツンと行こうと思っていたんですって。けどいざ試合が始まったら僕が逆サイドにいるから、彼が拍子抜けしたらしいです」  
  

ーー都並選手の予想が外れたと。


「そうそう。途中で僕が右サイドに来た時に、彼が1発目か2発目のチャンスを狙っていたらしいんだけど、僕も彼がガツンと来るであろうことは分かっていたから。僕がうまくファウルを貰って都並が警告を受けたと。これは後々彼と話をして『そうだったんだ』というのが判明したんですけど。当時は監督も今みたいに相手のことを分析していたけど、自分たちで考えることのほうが多かったなぁ」


ーー監督に相手の情報を与えられるより、ということですか。


「そう。もちろん監督から与えられる情報もあるんですけど、対峙する相手について個人的にも対策を練ってるみたいな。そういうのが面白かった」


ーー木村和司選手も水沼さんも、結構自陣まで戻って守備をしていらっしゃったのが印象的でした。


「和司さんもスライディングしていたしね。あんなの見たことがない。それだけあの試合には心を躍らせるものがあった。Jリーグというものに対する覚悟と責任と言いますか」

ーー覚悟を持って臨まれた試合で、見事逆転勝利を収めました。小幡主審のホイッスルが鳴った瞬間のお気持ちはいかがでしたか。


「実は、終わった後のことはあんまり覚えていなくて。『やったー』、『勝ったー』という思いくらいしか覚えていない。覚悟とか責任とか今だからそう振り返ることができますけど、その時は本当に必死で目の前の試合に臨んでいたので」 


ーーその年の開幕戦にただ勝ったというような感じには見えなくて。水沼さんもそうですし、周りの選手の激しいガッツポーズを見させて頂いて、ただの1勝ではないなと。

  
 「そうそう。その1試合だけに全力投球でしたね。なので、試合後のロッカールームでのことは覚えてないんです」  

※Jリーグ発足秘話(後編)に続く   


水沼貴史(みずぬま たかし):サッカー解説者/元日本代表。Jリーグ開幕(1993年)以降、横浜マリノスのベテランとしてチームを牽引し、1995年に現役引退。引退後は解説者やコメンテーターとして活躍する一方、青少年へのサッカーの普及にも携わる。近年はサッカーやスポーツを通じてのコミュニケーションや、親子や家族の絆をテーマにしたイベントや教室に積極的に参加。幅広い年代層の人々にサッカーの魅力を伝えている。




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