ーー93年5月15日の開幕戦が近づくにつれて、どのような思いを抱かれましたか。
「当時は開幕して2週間くらいしたら33歳になるという年だったんですね。33となると結構なベテランじゃないですか。体力的な部分なんかを考えると、とにかく開幕戦のピッチに立ちたいという思いが一番だったんですよね。プロとして何年やるとかじゃなくて。とにかく93年5月15日の開幕戦の舞台、国立に立つというのが目標に変わっていた。トレーニングにしても他の選手たちと同じものをしていたし、トレーニングに付いていけなかったらそこの舞台に立つ資格なんて無いと思っていた。とにかく5.15だけを目標にしていましたね」
ーーこの表現が適切なのか分からないんですけど、当時の試合を拝見しまして、まるでカップ戦のファイナルのような感じがしました。ただ“その年の開幕ゲーム”というのではなく。
「そうですよね。あそこに立っていた人たちは、そういった思いでみんなやっていたと思いますよ。今見ても、もちろん技術的に雑な部分があったりとかあるけれど、伝わってくるものはあるなぁって。この間もちょうどNHKで試合が放送されていたけれど、それは凄く見ていて思いました。それだけのものをみんな懸けてやっていたと思う。責任もありましたからね。これからプロリーグが始まるという一番最初の試合だったし、『こんなんでプロなの』なんて思われても困る。自分たちが全力を出すことで人を惹きつけることができるという風に思ってやっていましたよ」
ーー開幕戦前夜のエピソードで今でも印象に残っているものはありますか。
「トレーニングにしても、前の日から多くのカメラが入っていて、明日いよいよ開幕ですという雰囲気は感じていました。地元が横浜だから、テレビ神奈川のカメラがずっと密着で付いていたんですよね。だから、ホテルで食事をしているところにもカメラが入っていた。それが凄く印象的でしたね」
ーーその時はどういった感情をお持ちでしたか。
「周りの関心が凄いんだなぁって。社会全体が注目しているから下手な試合はできないし、自分たちがやるしかないという覚悟をその時から持っていましたね。で、その次の日にホテルからスタジアムに向かうんですけど、当時クラブバスみたいなものは無かったんです。今はいろんなクラブが結構大きなバスを持っていたりするでしょ? 当時はそうではなくて、会社が作ってくれた大きなマリノスのステッカーを普通のバスのボディに貼ったんです。そのステッカーが貼ってあるということは、そのバスに選手がいるということが沿道の人たちに伝わるわけ。そうするとその人たちが『これが開幕戦を戦うマリノスの選手なんだ』って見上げるんですよね。その光景をバスの中で上から見ているだけで、テンションがどんどん上がっていく」
ーーワクワクしますね!
「国立に近づいてくると、沿道の人たちが持っているチケットをバスの中の僕たちに見せてくれるわけです。『これからこのチケットで、みんな試合を観に行くんだよ』って感じで、バスの下から見せてくれるの。それはこっちもテンションが上がるし、涙が出るくらい嬉しかった。それまでには無かった感情ですよね。何回も元旦に国立で天皇杯決勝を戦って、当時はそんなにサッカーを見に来てくれる人がいないなかでも、天皇杯決勝だけはたくさんの人が来てくれてバスを見上げてくれたんですけど、その時とも全然違う。『本当に期待しているぞ、頑張って!』みたいなものを凄く感じましたね」
ーー世間の注目という面でもそうですし、水沼さんのサッカー人生にとっても大事な試合になったということですよね。
「そうそう。会社に入って3年目から嘱託というプロみたいな契約にしてもらって、そこからもサッカーをずっと続けてきたけど、本当にプロになるか分からない状態でそういった契約を交わしたわけですからね。やってきたことがようやく認められて、プロという舞台でプレイできる。まぁ、“人生MAX”みたいな感じでしたね」
※Jリーグ発足秘話(中編)に続く
水沼貴史(みずぬま たかし):サッカー解説者/元日本代表。Jリーグ開幕(1993年)以降、横浜マリノスのベテランとしてチームを牽引し、1995年に現役引退。引退後は解説者やコメンテーターとして活躍する一方、青少年へのサッカーの普及にも携わる。近年はサッカーやスポーツを通じてのコミュニケーションや、親子や家族の絆をテーマにしたイベントや教室に積極的に参加。幅広い年代層の人々にサッカーの魅力を伝えている。
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