[PREMIER英雄列伝 #05]近代的ストライカーのプロトタイプ 3シーズン連続得点王の快挙も達成 “具現者”アンリは前線で自由に振る舞った

名伯楽ヴェンゲルだけはその才能を見抜いていた

名伯楽ヴェンゲルだけはその才能を見抜いていた

アンリはプレミアリーグ史上最高のストライカーと言っても過言ではない photo/Getty Images

 1998-99シーズンはセリエA16試合・3ゴール。ユヴェントスにおける半年間は惨憺たる数値で終わった。当時の監督であるカルロ・アンチェロッティは22歳の若者に見切りをつけ、移籍を容認していた。90年代後期のセリエAは、だれもが認める世界最強リーグ。ふるいにかけられた若者は、失意のうちにイタリアを離れていった。

「あらゆる物事を推察するうえで、数値にこだわると本質を見失う」

 名伯楽アーセン・ヴェンゲルの発言である。少なくとも、彼だけはティエリー・アンリの特性を見抜いていた。

 ヴェンゲルは戦術で選手を縛らない。各々の個性を重んじ、ピッチ上では自由を与えた。緩すぎるとか人間性豊かな采配とか、この方針は、いまだに意見がふたつに分かれるところだが、アンリには適していた。

 基本的には前線の左サイドに位置し、あるときは9番として、またあるときはウイングとして、さらにインナーとして自由に振る舞う。プレミアリーグのハードな実戦にもまれた結果、ASモナコに所属していた当時から高く評価されていたスピード、ボールコントロールに加え、シュートの技術も向上した。

 ヴェンゲルが標榜したムーヴィング・フットボールの具現者として、アンリが躍動する。デニス・ベルカンプ、ロベール・ピレス、パトリック・ヴィエラ、セスク・ファブレガスといった頼れる同僚にも助けられ、プレミアリーグでは258試合に出場し175ゴール・74アシスト。2003-04シーズンからの3年連続も含め、実に4回も得点王に輝いている。

 リーグのレベルやゲームプランの違いこそあれ、アンリを手放したユヴェントスの関係者は、「もう少しだけ辛抱すればよかった」と臍をかんでいたに違いない。

アタッカーに求められる数多くの要素を装備して

アタッカーに求められる数多くの要素を装備して

2012年1月から約1ヵ月半限定でアーセナル復帰。ラストマッチとなった第25節サンダーランド戦でゴールを決めるあたりはさすがだ photo/Getty Images

 ゲームプランが複雑化するいま、アタッカーには多くの要素が求められている。

【1】一対一の強さ
【2】得点力
【3】ボックス内のシュート
【4】ボックス外からのシュート
【5】スピード
【6】チャンスメイク
【7】正確、かつ安定したポストプレイ
【8】ラン・ウィズ・ザ・ボール
【9】戦術的、かつ組織的な関与
【10】プレッシング

 ドルトムントのアーリング・ハーランドは、10項目のすべてを装備した凄腕だ。

 スピードとテクニック、そして194cm・88kgという恵まれた体格を武器に、ファイナルサードを一気に制圧する。今夏の移籍市場で、メガクラブへとステップアップすることは間違いない。

 パリ・サンジェルマンのキリアン・ムバッペ、インテル・ミラノのラウタロ・マルティネスも同じタイプであり、両選手もまた夏の動向が注目されているが、彼ら現代的なアタッカーは、まるでアンリの全盛期をコピーするかのようだ。

 前述したように、ヴェンゲルが自由放任主義だったため、【8】~【10】はプラン外だった。しかし、アンリは【1】~【7】までの要素をほぼ完ぺきに備え、後世のフットボールにストライカーのプロトタイプ(新技術の検証)を提示した、といって差し支えない。

 いま、アンリはベルギー代表のコーチを務めている。このまま、監督に昇格するのだろうか。あるいは古巣アーセナルに戻り、ガブリエウ・マルティネッリやエミール・スミス・ロウといった才能豊かな若者を指導するのか。故郷フランスでダイヤの原石を発掘するのか。

 いつの日か、ネクスト・アンリの活躍を目に焼き付けたいものだ。

文/粕谷 秀樹

※電子マガジンtheWORLD265号、1月15日配信の記事より転載

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