[特集/欧州蹴球10年の軌跡 04]際立っていたバイエルンの安定感 日本人選手も活躍したブンデスの10シーズン

ドルトムントが連覇達成 クロップのもと香川も躍動

ドルトムントが連覇達成 クロップのもと香川も躍動

いよいよ本領を発揮しはじめたレヴァンドフスキと、香川は抜群のコンビネーションを見せつけた。昨季バイエルンで活躍したペリシッチもドルトムントの中心メンバーだった photo/Getty Images

 ユルゲン・クロップがドルトムントに落とし込んだゲーゲンプレスが実を結んだのが、ちょうど10年前の2010-11シーズンだった。クロップの就任から3年目のことで、18歳のマリオ・ゲッツェを筆頭に、マッツ・フンメルス、ヌリ・シャヒン、ケビン・グロスクロイツなど若い選手たちが指揮官の思い描くサッカーをピッチで体現していた。

 決して贔屓目ではなく、俊敏性があり、足元の技術力が高い香川真司の加入も間違いなく優勝の一因になっていた。ルーカス・バリオスが前線にいて、2列目にゲッツェ、香川、グロスクロイツが並ぶ布陣は破壊力があり、バイエルンの守備陣をも軽く凌駕し、3節を残して優勝を決めてみせた。

 2011-12シーズンになるとドルトムントのサッカーはより精度を増した。前年までベンチだったロベルト・レヴァンドフスキがポジションを獲得し、ヤクブ・ブワシュチコフスキ、イルカイ・ギュンドアンといった若手がどんどん頭角を現わした。さらには、経験豊富なセバスティアン・ケールが大ケガから復帰し、主将としてチームをまとめあげた。
 第7節から28試合負けなしでブンデスリーガを連覇し、DFB杯も制覇。ドルトムントが2冠を達成したのはクラブ史上初のことで、1909年の創立以来、もっとも充実した時期を迎えていた。最大の功労者はクロップで、選手の良さを最大限に引き出し、攻守が連動したスピーディーなサッカーの完成度を高めることに成功。ゲーゲンプレスという名前が生まれたのがこの頃だった。

 また、2011-12シーズンのブンデスリーガの平均観客動員は45,116人で、これは過去最多となっている。06年W杯開催に合わせて各スタジアムが整備され、人々のサッカー熱が高まるとともに、快適な観戦環境を提供することに成功。ドルトムントが戦うジグナル・イドゥナ・パルクには連日8万人を超える観衆が詰めかけ、バイエルンもほぼ毎試合を満員のアリアンツ・アレーナで戦っている。これは下位であっても同じ。ブンデスリーガは2003-04シーズンにプレミアリーグを抜いて欧州4大リーグのなかでもっとも観衆を集めるリーグとなったが、いまもこの地位を守り続けている。

 2011-12シーズンに戻ると、面白いサッカーをみせるチームがもう1チームあった。クロップと師弟関係にあるトーマス・トゥヘルが指揮していたマインツである。過去、クロップがマインツのトップチームで監督を務めていたときに、トゥヘルはユースチームの監督を務めていた。自身がトップチームの監督になると、トゥヘルはこのスモールクラブを2010-11シーズンに5位へと導いた。アンドレ・シュールレ、ルイス・ホルトビーなど主力を引き抜かれたことで2011-12シーズンは13位となったが、その戦いは常に安定していた。

 トゥヘルもまた、前線からハイプレスを仕掛けるサッカーを指向していた。こちらはクロップ以上に戦術へのこだわりがあり、対戦相手によって起用する選手を変えていた。クロップが選手の特長を引き出して戦術のなかに落とし込んでいたのに対して、トゥヘルは起用する選手を変えることで戦術の精度をより高めようとしていた。それでも両名が指向するサッカーは共通しており、クロップが2014-15シーズンを最後にドルトムントを去ると、トゥヘルが後任を務めたのは自然の流れだった。

効果的な補強を敢行しバイエルン一強時代へ

効果的な補強を敢行しバイエルン一強時代へ

バイエルンの両翼といえばロッベンとリベリ。この2人が守備面でもハードワークするチームにスキはなく、2012-13シーズンは手のつけられない強さでCLでも怒涛の快進撃を繰り広げた photo/Getty Images

 青年監督たちが若い選手を鼓舞して新たなサッカースタイルを構築する一方で、常勝が義務づけられているバイエルンは、潤沢な資金を駆使してマヌエル・ノイアー(2011-12/シャルケから加入)、マリオ・マンジュキッチ(2012-13/ヴォルフスブルクから加入)、ダンテ(2012-13/ボルシアMGから加入)など毎年のように良質な選手を補強し、これでもかと戦力を充実させていった。

 2012-13シーズンにはその力が最高潮に達し、老将ユップ・ハインケスのもとブンデスリーガ、DFB杯、CLの3冠制覇を達成。「チーム全体での守備が大事」と言い続けたハインケスによって、アリエン・ロッベン、フランク・リベリなども献身的に守備を行なった結果で、とくにブンデスリーガでは6節残して優勝を決める圧倒的な強さをみせた。

 同年のCL決勝はバイエルン×ドルトムントであり、両雄がいかにハイ・レベルの戦いをしていたか。そし
て、CLも制したバイエルンの力がいかに抜きん出ていたかがわかる。というより、このときのドルトムントは香川真司を放出し、過去2年間のようなスピード感溢れるゲーゲンプレスができていなかった。それでもCLで決勝に進出できたのは国内とは違う堅守速攻の戦いを選択したからで、クロップの割り切り、選択肢の豊富さが感じられたシーズンだった。

 2013-14シーズン、バイエルンはペップ・グアルディオラを指揮官に迎えた。また、それまでと同じく無慈悲な補強を続けたが、これは同時にライバルたちの戦力低下を意味した。レヴァンドフスキ、ゲッツェといったドルトムントで一時代を築いた選手たちもバイエルンでのプレイを選んだ。ヨシュア・キミッヒ(2015-16/ライプツィヒから加入)、レオン・ゴレツカ(2018-19/シャルケから加入)などこの流れはずっと続いており、ブンデスリーガで活躍する選手はだいたいバイエルンへたどり着くことになっている。

 2012-13シーズンからの8連覇は、国内に存在するこうした構造が生んだもので、もはや必然だった。そして、これから先も続くことが予想される。富むものがより富んでいく。それが、いまのブンデスリーガとなっている。

 とはいえ、そのバイエルンも順調に8連覇を成し遂げたわけではなく、シーズン中に監督交代を行なったことが2度ある。2017-18シーズンのカルロ・アンチェロッティ→ユップ・ハインケス。2019-20シーズンのニコ・コバチ→ハンス・ディーター・フリックである。いずれも監督と選手の間にちょっとした齟齬があり、十分に力が発揮されていなかった。こうした危機を感じ取ると、機敏に動く。王者バイエルンは、決して安穏としていたわけではない。継続して優れた選手を獲得し、必要であればスパッと指揮官を交代する。しっかりとバージョンアップを図りつつ、優勝回数を伸ばし続けたのである。

 この絶対王者に対して、現在はクロップやトゥヘルに続くフレッシュな指揮官が勝負を挑んでいる。代表的なのはライプツィヒで、ハイプレスを信条とするラルフ・ハーゼンヒュットルのもと2016-17シーズンに2位になると、いまや欧州各国のビッグクラブが熱い視線を送るユリアン・ナーゲルスマンを指揮官に迎え、2018-19シーズンから2年連続で3位となっている。バイエルンという一強を、少し離れた距離からドルトムント、ライプツィヒが追いかけるというのがここ数年の構図となっている。

 ライプツィヒは言わずと知れたレッドブル・グループのクラブだが、2012年から同グループでサッカー部門の開発責任者を務めているのがかつて“戦術オタク”と呼ばれたラルフ・ラングニックで、ハーゼンヒュットルやナーゲルスマンのように、経験に関係なく自由な発想を持つ指揮官にチームを任せている。

 振り返れば、レッドブルの買収によって誕生したライプツィヒは、10年前は5部で戦っていた。そこから年々カテゴリーをあげ、2015-16シーズンに2部で2位となり、ついに1部昇格を決めた。資金力に恵まれ、ラングニックという智将が差配するライプツィヒは、たしかな監督のもと、ティモ・ヴェルナー、ナビ・ケイタなどポテンシャルの高い選手を擁し、昇格1年目にいきなり2位となった。そして、以降もしっかりと上位をキープしている。バイエルンには及ばないまでも、新興勢力にも上位進出のチャンスがあるのがブンデスリーガなのである。

 ただ、ドルトムントやライプツィヒで活躍した選手たちは、さらなるビッグクラブへとステップアップしていく。ドルトムントで2016-17シーズンに得点王となったピエール・エメリク・オバメヤンはアーセナルに旅立ち、ライプツィヒからは2019-20シーズンに28得点をあげたヴェルナーがチェルシーへ移籍した。こうした事実がまた、バイエルンの一強体制につながっている。

 そうしたなか、ドルトムントのマルコ・ロイスは新シーズンで在籍9年目を迎える。チームの良いとき、悪いときをみてきた選手で、度重なるケガさえなければもっと脚光を浴びていたはずだ。いまや主将を務めるロイスのためにもドルトムントはタイトルがほしいが、なかなか厳しい現実となっている。

香川や岡崎がステップアップ 日本サッカーの発展にも貢献

香川や岡崎がステップアップ 日本サッカーの発展にも貢献

シント・トロイデンへのローン移籍を経て、昨夏にフランクフルトに復帰した鎌田。近年は適宜前線から中盤へ下りてパスを捌く“偽9番”に近い動きを身につけるなど、着実にプレイの幅を広げている photo/Getty Images

 この10年を振り返れば、ドイツでは数多くの日本人選手がプレイしてきた。2008-09シーズンにヴォルフスブルクでマイスターシャーレを掲げた長谷部誠は、ニュルンベルク、フランクフルトと渡り歩き、いまもアジア人選手のブンデスリーガ最多出場記録を更新し続けている。

 香川真司はドルトムントで数々のタイトルを獲得し、黄金期の形成に貢献した。マンチェスター・ユナイテッドへの移籍は、間違いなく栄転だった。岡崎慎司もシュツットガルト、マインツで泥臭くチームの勝利に貢献し、レスターへの移籍を勝ち取っている。内田篤人、酒井高徳、酒井宏樹、清武弘嗣、乾貴士など、活躍した選手たちの名前をあげれば枚挙にいとまがない。

 長谷部誠、鎌田大地(ともにフランクフルト)、大迫勇也(ブレーメン)、堂安律(アルミニア・ビーレフェルト)、遠藤航(シュツットガルト)、遠藤渓太(ウニオン・ベルリン)、原口元気、室屋成(ともにハノーファー/2部)、宮市亮(ザンクトパウリ/2部)など、今シーズンも多くの日本人選手がプレイする。願わくば、長谷部誠、香川真司、そして宇佐美貴史(バイエルン)のように、優勝争いするような上位チームでプレイする日本人選手をまたみたいが、それは今後の楽しみとなる。

 いずれにせよ、日本人選手が持つ実直さ、チームへのロイヤリティ(忠誠心)といった特性が、ドイツの風土にマッチしているのだろう。これまでの10年がそうだったように、これからの10年でより多くの日本人選手がプレイすると考えられる。ブンデスリーガは日本サッカーの発展にも大きく貢献しているといえる。

バイエルンがたどり着いた新たなハイブリッドスタイル

バイエルンがたどり着いた新たなハイブリッドスタイル

昨季27節フランクフルト戦でゴールを決めたミュラー。フリック監督に重用され、再びチームの中心に返り咲いた photo/Getty Images

 そのブンデスリーガからは、ゲーゲンプレスのように新たな戦術が生まれることがある。2019-20シーズンは、シーズン途中から指揮官となったフリックに率いられたバイエルンが、各選手が連動した強靭なハイプレスと、低い位置からでも繰り出されるロングパスも絡めたパスワークのハイブリッドで相手を圧倒。今も欠かせない選手であることを十二分に示したトーマス・ミュラーや、キレのあるドリブルを見せるセルジュ・ニャブリらがどこからでも危険なエリアに顔を出し、相手のマークの的を絞らせない。

 欧州の戦術トレンドで言えば、ここ10年をリードしたのはバルセロナのポゼッションスタイルだったが、このバイエルンのハイブリッドスタイルはCLでそのバルセロナを8-2と粉砕してしまった。数年前からポゼッションサッカーは苦戦する傾向にあったが、ついにバイエルンはこれを凌駕するに至っている。

 技術力や身体能力に優れた良質な選手たちが献身的に足を動かし、チームとして連動してハイプレスを仕掛けてくる。フリックが落とし込んだサッカーが今後のトレンドになるかもしれない。そうなると、今度はバイエルンを倒すための戦術が必要になってくる。過去10年でいろいろな戦術が生まれたように、これからの10年でまたいろいろな戦術が出てくるだろう。とくに、柔軟な指向を持つ青年監督が多いブンデスリーガはその傾向が強い。これからの10年でバイエルン一強体制がどう変化していくのか、楽しみでならない。

文/飯塚 健司

※電子マガジンtheWORLD(ザ・ワールド)249号、9月15日配信の記事より転載

記事一覧(新着順)

電子マガジン「ザ・ワールド」No.291 究極・三つ巴戦線

雑誌の詳細を見る

注目キーワード

CATEGORY:特集

注目タグ一覧

人気記事ランキング

LIFESTYLE

INFORMATION

記事アーカイブ