【特集/欧州が讃えたサムライたち#1】エイバルで急成長の乾貴士 “守備の作法”の上達で不動のレギュラーに

バルセロナ相手に善戦のエイバル “地の利”を活かした攻守が光る

バルセロナ相手に善戦のエイバル “地の利”を活かした攻守が光る

エイバルのレギュラーに定着した乾 photo/Getty Images

エイバルのホームスタジアム、イプルーアは収容5250人とかなり小さく、フィールドも少し狭い。ホームゲームでは積極的に前線からプレスを仕掛け、思い切ってディフェンスラインを上げる。狭いフィールドを活かした守り方だ。攻めても狭いフィールドの横幅いっぱいを使う。中盤でショートパスを使うよりも長いパスで打開を図る。狭いところを破らなくても、DFからFWへのパスが容易に届く距離感なのだ。スタジアムの狭さを活かした果敢な戦法はバルセロナを迎えても変わらず、リーガ・エスパニョーラ第24節で同クラブに敗れた(0-2)とはいえ、互角の展開だった。

乾貴士はほとんどの時間で左のタッチライン際にいる。ボールが来ても来なくても、そこから中へは入らない。右のファビアン・オレジャナも同じ。ボールを求めて動くのではなく、ポジションをキープしてボールが来るのを待つ。攻撃時の彼らはサイドハーフというよりウイングそのものだ。彼らを「孤立」させておくことがエイバルのやり方である。バスケットボールの「アイソレーション」と似ていて、強力な個をあえて1人にすることでスペースを与え、個の強さで勝負させる。狭いフィールドはサイドチェンジがよく通る。サイドで孤立していた乾へ長いボールが通ったときに見せ場となる。ドリブルで仕掛け、縦へ抜き、中へ切れ込み、あるいはオーバーラップしてくるサイドバックを使う。乾は左サイドの職人として攻撃の核になっている。

ホセ・ルイス・メンディリバル監督の戦術はとてもシンプルだ。ポジションの区割りが明確で、絶対にゴチャゴチャしない。選手が勝手に動くことは禁じられているに違いない。誰がどこにいるかは、見なくてもわかるようなサッカーになっている。乾とオレジャナは戦士のようにいかつい他の選手とは、佇まいからして全く違う。小柄で華奢だがとても速く、柔らかく器用だ。そしてボールを持ったときに最も自由で、チームも彼らの技巧と創造力を必要としている。孤立さえ我慢すれば、乾にとってやりにくさはないはずだ。かつてフランスで「ルマンの太陽」と呼ばれた松井大輔に似た役割を担っている。いわば乾はエイバルのメイン・アクターで、待ち時間は長いかもしれないが幕が開けば彼のショウタイムである。各ポジションの役割が明確で、それに合った資質の選手が配置されているエイバルにおいて、オレジャナと乾は最も華やかな舞台を用意されているわけだ。細かいボールタッチと瞬間的な加速力があり、左右どちらの足でも強いボールを蹴ることができる。左ウイングとしての乾は理想的なプレイヤーといえる。

攻守両面で存在感を示す乾 守備時の“判断力”が向上

攻守両面で存在感を示す乾 守備時の“判断力”が向上

ロシアW杯における乾の活躍に注目だ photo/Getty Images

問題は守備だった。ポジションが厳格なメンディリバル監督の戦術において、与えられたエリアは死守しなければならない。相手のサイドバックとMFの連係を断つことが、乾の主なタスクとなっている。乾の守備力がここ1、2年で飛躍的に向上したと言われているが、1対1の守備自体が上手くなったとは思わない。改善されたのは守備の作法だと思う。

対面のサイドバックがボールを持ったときに潰しに行くのか、それとも持たせておいてパスコースを切ることに専念するのか。そうした判断が洗練されてきた。たとえば、相手のサイドバックに持たせておいてわざと寄せない。中のパスコースを切って縦パスへ誘導する。縦へパスが入った時点で乾は素早く下がり、味方のサイドバックと連係して敵を挟み撃ちにする。最初に寄せなかったのは挟むためだ。挟まれた敵が出口をなくして後方へ下げたら、乾は猛然とボールを追って詰める。今度はかわされようが構わない。思い切り寄せる。それがチーム全体のスイッチを入れることになるからだ。ここは中途半端ではいけない。乾のプレスが合図となってディフェンスラインは上がり、エイバルは全員でボールを狩りに行く。カッチリとした[4-4-2]の守備でスイッチを入れるのは両サイドの乾、オレジャナの役割になる。待つところで突っ込んではいけないし、突っ込むところで待ってはいけない。正しいスイッチを押さなければいけない。行くか行かないか、どちら側を塞ぐのか、そうした判断をオートマチックにできるようになったことが、守備力の向上として評価されているのだろう。
 
攻撃力が乾の魅力だが、守備ができなければエイバルのようなチームでポジションを獲得するのは難しい。守備力を身につけたことでポジションを確保し、持ち前の攻撃力を活かせるようになったわけだ。


文/西部 謙司

1995年から98年までパリに在住し、サッカー専門誌『ストライカー』の編集記者を経て2002年からフリーランスとして活動。主にヨーロッパサッカーを中心に取材する。『フットボリスタ』などにコラムを寄稿し、「ゴールへのルート」(Gakken)、『戦術リストランテ4』(ソル・メディア)など著書多数。Twitterアカウント:@kenji_nishibe

theWORLD195号 2018年2月23日配信の記事より転載




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