指揮官の頭のなかに確固たるスタイルがあり、選手たちはそのサッカーをピッチで忠実に表現することを求められる。厳格な指揮官であれば要求はどんどん細かくなり、チーム内の約束事も多くなってくる。戦術の善し悪しに関わらず、ときに新しい教えは選手にとってはプレイするうえでストレスとなる。
今シーズンからドルトムントを率いていたピーター・ボスは、自らが指向するラインを高く保ち、ハイプレスを仕掛けるスタイルを選手たちにピッチでしっかりと具現化することを求めていた。これに関しては自身が信じる道を進んだだけのことで、何も間違ってはいない。ただ、ユルゲン・クロップ、トーマス・トゥヘルと続いた選手たちの能力を最大限に引き出す連動性のあるプレッシングサッカーとは違い、ドルトムントにいる選手たちにはどうやら合わなかった。シーズン序盤こそ6勝1分けと好スタートを切ったが、スタイルを追求するあまり変化に乏しく、相手に対応策を取られてやられることが多くなっていった。8節からのドルトムントは3分け5敗と大失速している。チームが不安定な戦いを続けるなか、香川真司も力を発揮できずにいた。ボスは15節のブレーメン戦まで指揮を執ったが、香川の出場は先発5試合、途中出場6試合で絶対的な信頼を得られていなかった。そもそも、新監督なうえ、マクシミリアン・フィリップ、アンドリー・ヤルモレンコなど新加入選手もいた。「個」の力ではなく、チームメイトとの連携やパスワークでゴールを狙う香川にとっては難しい時期が続いていた。
ボスに代わって16節からチームを率いるペーター・シュテーガーは、選手たちの役割を整理することで負担を軽くした。長くケルンを率いていたことで、ドルトムント、香川の特徴もよく知っていた。シュテーガー体制での初戦となった16節マインツ戦にインサイドハーフで先発して1得点すると、続く17節ホッフェンハイム戦にも同ポジションで先発し、得点に繋がったPKを獲得し、さらには決勝点もアシストした。
以降、ドルトムントは23節ボルシアMG戦まで負けがなく、香川も8試合中7試合にフル出場している。1試合だけ出場していないが、これはケガのためであり完全にシュテーガーから信頼を得ている。19節ヘルタ・ベルリン戦、20節フライブルク戦で連続得点するなどゴール数も増えていて、23節を終えて5得点と久々に二桁得点を狙えそうな勢いだ。
香川はまわりを生かし、まわりに生かされるタイプだ。「(みんなが)以前より気持ちよくプレイできている」と『キッカー』誌にコメントしているのはユリアン・ヴァイグルで、チーム全体がこうした流れになったことで香川の特徴がより生かされるようになっている。決して、ドルトムント、香川が劇的に変わったわけではない。少し戸惑っている期間があったが、もともとこれぐらいできるチームであり、できる選手だっただけのことだ。いわば、チームも香川も我を見失っていただけで、本来の姿を取り戻したに過ぎない。いずれにせよ、ドルトムント、そして香川の復調は、ロシアW杯に向けて日本代表にとっても喜ばしい限りである。