[特集/20-21王者達をプレイバック 05]わずか半年で欧州制覇 チェルシーを復活させた“トゥヘル・マジック”

タイトル獲得は必須 18カ月のミッションが始まる

タイトル獲得は必須 18カ月のミッションが始まる
 わずか18カ月の契約で、タイトル獲得も求められていた。正直、今年1月にトーマス・トゥヘルがチェルシーの監督に就任したときは、けっこう無茶な契約を結んだなという印象を持っていた。表向きはタイトル獲得と言っているが、現実的には難しい。どこで折り合いをつけ、18カ月契約の先へと進んでいくのだろうと考えていた。

 トゥヘルによれば、契約のときにマリナ・グラノフスカヤ(チェルシーのオーナーであるロマン・アブラモビッチの側近。チェルシーのディレクター)は、「われわれと契約するということはタイトルを獲得しなければならない」と言ったそうだ。これをトゥヘルは「優勝しなければならないというより、優勝するために競争しなければならないということ」と受け止めてチーム作りを進めていった。

 古くはマインツ、その後のドルトムント、パリ・サンジェルマンでもトゥヘルは対戦相手に応じてフォーメーションや選手を変え、自らが考える戦術を選手たちがピッチで遂行することを求めてきた。ユルゲン・クロップと同じく選手を鼓舞するモチベーターとしての能力があるとともに、クロップ以上に戦術マニアだという一面がある。陽気で柔軟性がある頑固者、コミュニケーション能力が高い変わり者という感じか……。
 しかし、シーズン途中での短期契約がそうさせたのか、チェルシーでは[3-4-2-1]を基本にマイボールになったら縦に早く仕掛けるスタイルを植えつけていった。これまでのトゥヘルのチーム作りは良くいえば臨機応変だったが、悪くいえば流動的過ぎてチームとしての“軸”がなく、あとはピッチに送り出された選手の技量に任されているような印象があった。チェルシーでは[3-4-2-1]でセンターラインを強固にし、献身的な守備からシンプルなカウンターを仕掛けるスタイルを築き、それが最終的にCL制覇までつながることになる。

低迷していたチームを変えたトゥヘルの“再生術”

低迷していたチームを変えたトゥヘルの“再生術”

ドイツ人監督の下でプレイに迷いがなくなったヴェルナーは、最前線で相手DFの裏を狙い続けた photo/Getty Images

 チームの土台となる最終ラインをチアゴ・シウバ、アントニオ・リュディガー、セサル・アスピリクエタ(アンドレアス・クリステンセン)という経験ある選手たちで固め、その前方の中盤中央にエンゴロ・カンテ、マテオ・コバチッチ(ジョルジーニョ)というこれまた十分な実績を持つチームのために働ける選手を配置した。そして、リュディガー、アスピリクエタは監督交代によってチャンスを得て、この機会を逃すまいという献身的なプレイで期待に応えた。これに関しては中盤左サイドを任されたマルコス・アロンソも同じで、トゥヘルはこれらの選手たちに新たなモチベーションを与え、個々を再生させることに成功。それにともなってチームの完成度も高まっていった。

 ティモ・ヴェルナー、カイ・ハフェルツという2人のドイツ人選手も同じ母国語を話す指揮官の就任でプレイに迷いがなくなった。両名ともにもともとしっかりと闘える選手で、チームへの忠誠心もあるタイプだ。ヴェルナーには変わらずに前線で走り回って裏を狙うことを求め、ハフェルツには高いポジションでの激しい守備や素早いトランジションでよりフィニッシュに絡むことを求めた。いずれも、両選手にとって難しいことではなく、トゥヘルの就任によって本来の姿を取り戻していった。

 センターラインが強固なことで中盤両サイドのリース・ジェイムズ、ベン・チルウェルが思い切って攻撃参加できるようにもなった。さらに、狙いが定まったことでメイソン・マウント、クリスティアン・プリシッチ、ハキム・ツィエクなど、ハードワークできてなおかつ攻撃のアイデアにも秀でた選手たちの能力もより生かされるようになっていった。

 トゥヘル就任からCLラウンド16第1戦のアトレティコ・マドリード戦まで、チェルシーには約1カ月の猶予があったことも奏功した。この間、プレミアリーグで勝点を積み重ねたことで選手たちは新たなフォーメーションでの戦いに自信を得ていた。就任からのプレミアリーグ6試合でわずか2失点と守備面で良い数字が残されているが、これはヴェルナーら前線の選手からはじまるチーム全体で行う守備に起因していた。

勝負師としての手腕が光った決勝トーナメント

勝負師としての手腕が光った決勝トーナメント

レアルの左サイドの攻撃を封じ込めるため、アスピリクエタを中盤の右で起用。それが奏功し2試合で1失点に抑える photo/Getty Images

 ラウンド16で対戦したアトレティコ・マドリードは、言わずもがな堅守を誇るチームだ。敵地での第1戦はボールポゼッション率が60%近い数字になったが、対アトレティコ戦ではこの数字がそのまま勝利に結びつくものではない。ポゼッションするなかでいかに守備陣が密集しているゴール前を崩すかが問題だったが、トゥヘルは身体が強くてポストプレイができるオリヴィエ・ジルーを前線に起用し、くさびを打ち込むことに狙いを定めた。

 第1戦で貴重な決勝点となったのはそのジルーが決めたオーバーヘッドで、左サイドからアーリークロスを入れて奪ったものだった。相手守備が手薄になっている一瞬のスキ、さらには相手DFのクリアミスから生まれたゴールだったが、すでに守備に自信を持っていたチェルシーにとっては十分過ぎるアウェイゴールで、このリードがあることで第2戦のアトレティコにはゴールが必要となり、その裏を突いてカウンターから2得点して勝ち上がった。

 準々決勝で対戦したポルトはラウンド16でユヴェントスを下しており、勝負強さとともに勢いもあった。大きかったのは敵地での第1戦で奪ったマウントの先制点で、これで戦いやすくなった。相手の出方に応じてゆっくりポゼッションするときがあれば、鋭いカウンターを仕掛けることも。終了間際にチルウェルが追加点を奪って第1戦に2-0で勝利したことで第2戦はポルトの意識が攻撃にあったが、中盤でカンテ、ジョルジーニョがハードワークし、失点をロスタイムの1点に抑えて2試合トータル2-1でベスト4入りを果たした。

 レアル・マドリードと対戦した敵地での準決勝第1戦でも立ち上がり14分にプリシッチが先制点を奪い、序盤でリードした。劣勢が予想される相手との対戦で、ヴェルナー、マウント、プリシッチというカウンターから裏を狙える3名が前線に起用されており、先制点の場面はセンターライン付近からフワッとした縦パスが出され、これを受けたプリシッチが決めた狙い通りに奪ったゴールだった。

 もうひとつ特筆すべきは、通常は最終ラインの右サイドでプレイするアスピリクエタを中盤右サイドに起用したこと。レアルの左サイドハーフは攻撃力のあるマルセロで、ここを潰すために攻撃力に秀でたジェイムズではなく、より守備能力の高いアスピリクエタを配置していた。これは第1戦(△1-1)、第2戦(○2-0)に共通したトゥヘルの采配で、フォーメーションを固定しながらも、対戦相手に応じてより効果的な選手を送り出す真骨頂が発揮された戦いだった。

マンCに支配率及ばずも逃さなかった好機

マンCに支配率及ばずも逃さなかった好機

MF登録ではあるものの、トゥヘル政権下では最前線での起用が目立ったハフェルツ。CL決勝では鋭いカウンターから最後はエデルソンをかわして欧州チャンピオンを手繰り寄せるゴールを決めた photo/Getty Images

 ファイナルで対戦したマンチェスター・シティには、FA杯準決勝(4月17日/○1-0)、プレミアリーグ第35節(5月8日/○2-1)でいずれも勝利していた。ポゼッションでは及ばないが、守備を意識して戦っていても1試合のなかには必ず得点チャンスが来る。というか、カンテを筆頭にチェルシーのとくに中盤は攻守のトランジションが早く、マイボールになったあとの動きが早い。

 ポゼッションしてくるマンCにはこのスタイルが合っていて、ファイナルでも序盤にカウンターからヴェルナーが決定機を迎えるなど、得点の気配を漂わせていた。迎えた42分、GKエドゥアール・メンディ→チルウェル→マウントと素早くつなぎ、マウントが前線に縦パスを出す。1月に就任したトゥヘルのもと、チェルシーは短期間でこうした動きがオートマチックにできるチームに仕上がっていて、ここに走り込んだハフェルツがGKもかわして決勝点となった1点を叩き込んだ。

 正直、まさかの優勝だった。アッという間に目標達成したことで、トゥヘルはさっそく2024年までの契約延長を勝ち取っている。来シーズンに向けた補強に関しても、いくつか話題が出ている。CBではニクラス・ズーレ(バイエルン)やラファエル・ヴァラン(R・マドリード)の名前があがっている。さらに注目すべきは攻撃陣で、アーリング・ハーランド(ドルトムント)、アクラフ・ハキミ(インテル)を狙っており、獲得が実現したなら得点力アップは間違いない。

 ただ、時間がなかった今シーズンのトゥヘルは[3-4-2-1]を継続したが、来シーズンをどう戦うかはわからない。ハーランド&ヴェルナーの2トップになれば強さ、速さともに完璧だし、ハーランドを前線に、ヴェルナー&ハフェルツが2列目から顔を出すのも強力だ。補強がうまくいったなら、他のフォーメーションも使うだろう。というか、補強に関係なく、来シーズンは新たなフォーメーションで戦うチェルシーをみることになると予想する。なぜなら、それがトゥヘルだからだ。

文/飯塚 健司

※電子マガジンtheWORLD258号、6月15日配信の記事より転載

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