[特集/混沌プレミア覇権争い 01]炸裂する“モウリーニョ・マジック” トッテナム悲願のプレミア制覇へ

 今季のプレミアは稀に見る混戦模様である。サウサンプトン、ウォルバーハンプトンなど中堅が躍進を見せる一方で、ビッグクラブは苦戦している。マンチェスター勢は揃って出後れ、リヴァプールは負傷者が続出。アーセナルに至っては、早くも優勝戦線からほぼ脱落してしまった。そんななか、トッテナム・ホットスパーが強い。鉄壁の守りからの一撃必殺のカウンターに、ライバルたちは次々と沈められてゆく。指揮をとるのはジョゼ・モウリーニョ。百戦錬磨の経験値を持ったこの名将は、これまでも1年目、2年目ですぐさま結果を出し、数々のタイトルを手中に収めてきた。そして今季、2年目のモウリーニョが率いるスパーズは絶好調なのだ。“モウリーニョ・マジック”が、強豪と言われながらも永い間タイトルと無縁だった北ロンドンのクラブに、いよいよ歓喜をもたらそうとしている。

尖った言葉とは裏腹にチーム作りは堅実

尖った言葉とは裏腹にチーム作りは堅実

2019年11月20日に監督に就任したモウリーニョ。リーグ制覇まで視界良好だ photo/Getty Images

 シーズンはまだ三分の一も終わっていない。上位争いは僅差で、もちろんまだまだ順位変動はある。スタートダッシュが上手くいかなかったチームや今はケガ人に泣かされているチームの反攻が今後はあるだろう。

 そうしたなか、第12節を終えてトッテナムが首位に立っている。指揮官を務めるのは就任1年目、2年目に強いジョゼ・モウリーニョだ。第一次チェルシー時代、インテル時代、レアル・マドリード時代、第二次チェルシー時代など、過去に指揮したチームではいずれも1年目、2年目に早々とタイトルを獲得している。このジンクスを判断材料にするなら、今シーズンのトッテナムは期待できる。

 2004年当時に自身のことを「スペシャル・ワン」と表現したモウリーニョだが、監督として経験を積んだ今、新たな自己表現を口にしている。「エクスペリエンスド・ワン(経験豊富な存在)」で年齢を重ねることで多くの出来事に対して既視感があると語る。「今、サッカーで自分に起きていることには、すべて既視感がある。なぜなら、かつて自分に起きた出来事と同じなんだ」。これは、今年11月に『ESPN』が伝えたモウリーニョの言葉である。56歳となったモウリーニョには、確かに誰にも否定できない実績&経験がある。間違いなく、タイトルの取り方を知っている指揮官だ。
 名言製造機で、これまで印象的な尖った言葉を残してきたモウリーニョだが、チーム作りは守備に重点が置かれたもので、マンチェスター・ユナイテッドを率いたときはクラブのOBたちから堅守速攻のカウンターサッカーを度々否定された。それでも、就任2年目には勝点81の2位という、例年ならば優勝に届いてもおかしくない結果を残している。

 モウリーニョのチーム作りは決してブレない。昨シーズン第13節からトッテナムの監督を務めると、まずは失点のリスクを回避するという志向のもと、自陣に守備ブロックを作って対応する安定感優先のチーム作りが進められた。

 この方針を受け入れられず、タンギー・エンドンベレが「モウリーニョのもとではプレイしたくない」と発言するなど、一時は不協和音が聞かれたこともあった。しかし、前線に抜群の決定力を持つハリー・ケイン、ソン・フンミンというタレントがいたことで、カウンターサッカーによってチームは勝点を得られるようになっていった。

 そもそも、マウリシオ・ポチェッティーノ前監督の時代からトッテナムの縦に早いカウンターには定評があり、2018-19にはCLファイナルに進出する完成度に達していた。しかし、リヴァプールに0-2で敗れたことで逆に現状への閉そく感が生まれ、翌シーズンの監督交代を招いていた。ある意味、堅守からのカウンターを軸とするモウリーニョのスタイルは、ドラスティックな変化ではなく、より強度を高めたいトッテナムに合っていた。監督就任時の14位から最終的にEL出場圏内の6位に順位を押し上げ、昨シーズンの段階でモウリーニョはすでに自身のチーム作りが結果に繋がることを証明していたのである。

組織的なチーム力を高め、常にしたたかにゴールを狙う

組織的なチーム力を高め、常にしたたかにゴールを狙う

アーセナル戦でスーパーゴール炸裂。どこからでも点が取れることを証明した絶好調男ソン・フンミン photo/Getty Images

 今シーズン序盤のトッテナムは、[4-2-3-1]と[4-3-3]を使い分けていた。中盤から前線の配置が違い、前者の場合はピエール・エミール・ホイビュルク、エンドンベレ、ムサ・シソコ、ハリー・ウィンクスのなかから2名が守備的MFとなり、2列目にソン、ジオバニ・ロ・チェルソ、デル・アリ、ルーカス・モウラなどから3人を並べ、1トップにケイン。後者の場合は中盤がアンカー+インサイドハーフ(2名)となる。

 モウリーニョは人心掌握も巧みだ。一度は反旗を翻したエンドンベレだったが、シーズンオフに移籍することができなかった。当人は改心したようで、いまではモウリーニョのもと献身的なプレイをみせている。昨シーズン中に指揮官から「今後どうなるかはお前次第だ」という厳しい言葉をかけられたデル・アリも同じ。かつて「チームのためではなく、自分のためにプレイする選手は私と一緒に仕事をすることはできない」と語っていたのはモウリーニョで、各選手にチームへの忠誠心を求めるのも特徴の一つだといえる。

 これは組織的なチームを作るために必要なことで、結果として現在のトッテナムはシステムに関わらず、攻守ともに安定感のある戦いを続けている。大きかったのは第2節サウサンプトン戦の5-2、第4節マンU戦の6-1で、序盤戦のこれらの大勝がよい方向に働いている。危機察知能力が高い新加入ホイビュルクを中心に中盤で相手のチャンスを早めに潰し、マイボールになるとスピードのある選手たちがすぐさまゴールを目指す。こうしたカタチが実際にゴール&勝利という結果につながったことで、たとえ劣勢を強いられる時間があっても決して慌てず、逆にしたたかにゴールを狙うことができている。結果を出すことで自分のサッカーを選手に信じさせ、迷いなくプレイさせることでまた結果が出る。そんな好循環を作り出すのはモチベーターとしてのモウリーニョの面目躍如といえよう。

 第11節アーセナル戦も立ち上がりはボールを支配され、自陣でプレイすることが多かった。しかし、相手はリズムに乗っていたかもしれないが、これはトッテナムの思うつぼだった。13分、センターライン付近の左サイドでボールを持ったソンが大きなストライド、キレのあるドリブルでボールを前方に運ぶ。ペナルティエリアまでまだ数メートルはある位置でスッと身体を中央に向けると、「そこから打つのか」という位置から右足インフロントで引っかけてミドルシュートを放った。すると、大きく弧を描いたボールがどうやってもGKの手が届かない逆サイドのゴールネットを揺らし、先制点となった。

 一瞬の出来事であり、対戦相手や観戦者からすれば「エッ?」と呆気に取られるカウンターからのゴールで、トッテナムの好調さ、ソンの勢いを象徴するシーンだった。前線にはガレス・ベイルが8年ぶりに帰還しているが、現状あまり出番がない。なにしろ、ソンが12試合10得点と驚異的なペースで得点している。ケインも12試合9得点だ。昨シーズンからそうだったが、モウリーニョのカウンターサッカーにやはりこの両名はマッチしている。というか、この両名がモウリーニョのスタイルを勝利に繋げている。

60年以上のときを経て、今季いよいよタイトルを掴む

60年以上のときを経て、今季いよいよタイトルを掴む

右SBのドハーティはウルブズで頭角を現し、今夏4年契約で加入した photo/Getty Images

 とはいえ、シーズンは長い。ケガ人を抱えながらもリヴァプールは勝点を積み上げているし、就任2年目のフランク・ランパードが率いるチェルシーも若手、ベテラン、新加入選手が融合した魅力的なチームに仕上がりつつある。序盤戦は出後れたマンチェスターの両雄も徐々に順位を上げてくることが予想できる。要は、まだまだ先を読むことはできず、だからこそトッテナムにも十分にチャンスがあるのだ。

 ポチェッティーノ→モウリーニョという監督交代でチームが大きく変化することはなく、むしろ継続的な強化が行われている。さらには、チームへの献身性をより強く求める人物が指揮官になったことで、改めて刺激を受けた選手がいる。そして、ホイビュルクだけでなく、最終ラインではセルヒオ・レギロン、マット・ドハーティといった新加入選手がポジションを獲得し、チーム力アップに貢献している。

 繰り返しになるが、モウリーニョは監督就任1年目、2年目にタイトルを獲得するケースが多い。組織的な守備をベースに高品質な選手がカウンターを仕掛けるスタイルは即効性があり、短期間で結果に繋がる。この期間、選手たちは自分たちのサッカーを信じてプレイすることになる。

 酸いも甘いも噛み分けた名将モウリーニョは今、既視感を覚えている。このまま優勝まで突っ走る流れも、うまくいかない流れも知っている。「エクスペリエンスド・ワン」によって導き出されるのは、どちらの答えになるのか──。前回リーグを制したのは60-61シーズンだ。半世紀以上を経て、トッテナムが大きなチャンスを迎えている。

文/飯塚 健司

※電子マガジンtheWORLD252号、12月15日配信の記事より転載

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