「ハリルが日本に残したもの」は? 本気で日本代表を変えようとした男の遺産

日本代表を指揮してきたハリルホジッチ監督 photo/Getty Images

W杯直前の解任劇

2015年3月に日本代表監督に就任してから3年。ヴァイッド・ハリルホジッチには常に逆風が吹いていた。就任当初から「デュエル」、「縦に速いサッカー」といったワードが先行し、ポゼッションサッカーが合っていると考える者も多い日本代表サポーターの中でハリルホジッチはどこか悪役のようなイメージがついてしまった。2018ロシアワールドカップ・アジア予選を勝ち抜いていく中でもハリルホジッチには批判的な意見も多く、ハリルホジッチのスタイルは身体能力で世界に劣る日本人選手には合っていないとする見方が常にあった。実際日本の選手の中に、ハリルホジッチが2014ブラジルワールドカップでベスト16に導いたアルジェリア代表のようなパワフルな身体能力を持つ選手は多くない。出来る限りデュエルの勝負は避け、個の力ではなく組織にフォーカスを当てた戦いを選ぶべきとの意見が出るのも頷ける。

しかし、ハリルホジッチの提唱したスタイルをマスターできなければワールドカップで上位進出が難しいのも事実だ。強豪相手とのゲームで日本が常にポゼッション率を60%近くまで高めるのは難しく、防戦一方となるケースも十分に考えられる。その際に中盤でボールを奪い、手数をかけずに相手ゴールまで迫る武器がなければ互角に戦うのは難しい。また、ゆったりボールを繋ぐ遅攻だけで世界トップクラスの守備を崩すのも至難の業だ。ポゼッションも大切だが、ハリルホジッチの説いたデュエルや縦に速くといったものも日本サッカー界の引き出しとして必要なものだった。結局それを完全にマスターできないままワールドカップ直前での解任となったのは非常に残念な結果と言える。

もちろん昨年8月のオーストラリア戦で最高の戦いを披露して以降、親善試合でのハリルホジッチの采配や選手選考に首をひねりたくなる場面も多々あった。そうした采配の問題もあったが、全ての責任がハリルホジッチにあるとは言えないだろう。今回の解任劇は日本の選手側にも問題がある。ハリルホジッチが求める世界基準に日本の選手が応えられず、指揮官が理想とするチームを作り上げることができなかった。優れた指揮官ならば選手の特性に合ったチームを作るべきとの意見も正しいが、恐らくハリルホジッチは自身が提唱するスタイルをマスターしなければ日本がワールドカップで強豪相手にミラクルを起こすのは難しいと考えていたのだろう。フィジカル勝負が苦手でも、デュエルを避け続けて戦うことはできない。ポゼッションにこだわるのもいいが、将来的なことを考えると速攻も身につけておくべき武器だった。ハリルホジッチは解任される結果となったが、デュエルは不要と切り捨ててしまうべきではない。上手く代表チームには浸透しなかったが、Jリーグではハリルホジッチ就任以降デュエルを意識したプレイも増えてきている。今後日本サッカー界が身につけるべき要素の1つとして次の世代へ繋げていくべきだろう。
また、ハリルホジッチの下で世代交代が進み始めたことも忘れてはならない。年齢的には本田圭佑や香川真司、岡崎慎司らブラジル大会を戦った選手たちをロシア大会でもベースにすることになるだろうが、チームをリフレッシュさせるには下の世代の突き上げが必要不可欠だ。ところが、本田ら北京五輪世代を脅かす存在はなかなか現れなかった。理想としては2012年のロンドン五輪を戦った世代が順調に伸びてくれればよかったが、当時の五輪を経験した中でハリルジャパンの主力となっているのは酒井宏樹、山口蛍の2名、五輪最終メンバーには選ばれなかったFW大迫勇也と原口元気を含めても4人だ。これはやや寂しい結果と言える。

結局は本田がミランでポジションを失って試合勘が鈍ったり、香川が怪我で離脱するなどのトラブルが起こり、アジア最終予選の段階でようやく若手が出てきた。それもロンドン世代を飛び越えた2016リオデジャネイロ五輪世代だ。最終予選でハリルホジッチを救った浅野拓磨、久保裕也、井手口陽介、3月の欧州遠征で印象的な活躍をした中島翔哉もリオデジャネイロ世代だ。本田ら30オーバーとなったベテランと、20代前半の若手が入り混じったチームとなり、選手として最も良い時期と言える26~28歳の選手が存在感を発揮できなかったのは痛い。実際今の代表も誰が柱なのかよく分からない状態だ。本田や長友はまだまだ戦える選手だが、ブラジル大会から4つ歳を重ねて衰えた部分も少なからずある。今でもその世代に頼らざるを得ないという状況は大きな問題だ。選手のクオリティは違うがなかなか世代交代が進まないままワールドカップ出場権を逃してしまったオランダ代表と重なる部分もある。むしろ最終予選という最もプレッシャーのかかる中でリオデジャネイロ世代を抜擢してくれたハリルホジッチには感謝すべきだ。予選を戦いつつ、若手をチームに加えていくのは簡単な作業ではない。

そもそも日本代表がワールドカップでどのような結果を出せば成功と言えるのかは実に曖昧だ。ベスト16に進出すれば成功で、グループリーグ敗退なら失敗なのか。今の日本にはグループを突破すれば成功といった見方も多いが、あくまで優勝を目標とするならベスト16敗退も失敗だ。ロシア大会で日本が優勝を狙うのはあまり現実的とは言えず、大切なのはワールドカップに継続的に出場して日本サッカー界全体で経験を積んでいくことだ。それを何十年という単位で重ねてから優勝の2文字がようやく見えてくる。残念ながらハリルホジッチの目指したスタイルは日本に浸透せず、ブラジル大会からの4年間で日本が進歩したのかは分かりにくい。それでも北京五輪世代に1つの区切りをつけて若手を積極的に招集し、最低目標であるワールドカップ出場を達成したハリルホジッチには称賛されるべきところもあるはずだ。今後大きなスパンで日本代表の強化をとらえたとき、ハリルホジッチが「残したもの」を決して軽視すべきではない。

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