【特集/フットボールを進化させる監督たち #5】“平凡な戦術”でモナコを仏王者に スター流出を苦にしない知将ジャルディムの怪腕

新進気鋭の戦術家として評価を高めているジャルディム監督 photo/Getty Images

今や将来有望な若手の宝庫に

レオナルド・ジャルディムがモナコの監督に就任した2014-15シーズン、中心選手だったラダメル・ファルカオとハメス・ロドリゲスが移籍していった。しかし、ヤニック・フェレイラ・カラスコやベルナルド・シウバなどの若手を登用してCLベスト8に進出する躍進を遂げている。昨季はCLベスト4まで勝ち上がり、リーグ・アンも制した。そして、今季はティムエ・バカヨコ、バンジャマン・メンディ、ヴァレール・ジェルマン、キリアム・ムバッペが退団したにも関わらず、依然としてリーグ・アンでは連覇を狙える位置につけている。
 
主力を引き抜かれながらモナコが弱体化しないのは、若手選手の登用が成功しているからだ。優勝した昨季、開幕時点でムバッペを知る人はほとんどいなかった。堅守の原動力だったバカヨコとファビーニョのボランチコンビ、フランス代表に抜擢されるまでに成長したトマ・レマルも無名な存在だったといっていい。まだ知られていない若手が活躍し、スターとなって移籍する。そしてまた新たな若手が台頭する。このサイクルを作り上げたことが成功の要因だ。

選手の個を引き立てる“平凡な戦術”

選手の個を引き立てる“平凡な戦術”

昨季のリーグ・アンを制したモナコの面々 photo/Getty Images

ジャルディム監督の戦術はシンプルな[4-4-2]である。教科書どおりのオーソドックスな攻守、特異性は全くない。つまり、スター選手に合わせてシステムを構築していないということである。誰がいても同じなのだ。そしてほとんど変えない。就任以来、一貫している。
 
かつてオセールで40年も監督を務めたギー・ルーという人物がいた。システムは1960年代から不変の[4-3-3]、守備はマンツーマンでマークしてリベロが余る、攻撃では自分のポジションに散開。しかし、この古くさい戦術でオセールは上位をキープし、ヨーロッパの舞台でも活躍、リーグ・アン優勝も果たしていた。

オセールは数々のフランス代表選手を輩出しているが、その間も戦術は不変。それでよくモダンな選手を生み出せるものだと思うが、逆にシステムが古風だからこそ選手が育ったと言える。オセールが[4-3-3]とマンツーマンをやっている間に、対戦相手は2トップや3バックや1トップに変化した。オセールはその変化に対応しなければならない。マンツーマンだから守備に手を抜くこともできない。古いシステムという縛りが、逆に若い選手たちを鍛え上げていた。
 
モナコとオセールの共通点は街の規模が小さいことだ。人口は4万人程度、モナコは国だが実体は小さな街と変わらない。モナコの場合は就労人口が極端に少なく、地元に労働者がいないのでサポーターの数も非常に少ない。スタッド・ルイ・ドゥのキャパシティは1万8000人ほど。リーグ・アンの強豪とは思えない大きさである。オセールとモナコは小さな街のクラブであり、そのわりには強いために若手育成に力を入れてきたクラブなのだ。
 
ジャルディム監督の[4-4-2]は、かつてのオセールと似た育成型システムといえる。それぞれのポジションに求められている役割はシンプル、何をしなければならないかはすぐに理解できる。新加入の選手や経験の少ない若手でも戦術理解に悩むことはない。タスクがはっきりしている半面、それさえこなせば戦術に縛られないですむ。つまり、個々の能力を発揮しやすい。
 
ファルカオといえども守備を免除されているわけではない。ベテランのファルカオと18歳のムバッペが2トップに並んでも、ファルカオとムバッペの守備負担は全く同じだった。特定のスターを生かすためのオーダーメイド型のシステムではなく、誰がいてもポジションごとにやるべきことは同じ。だから、新しい選手も違和感なくプレイできるし、チーム全体の基盤も崩れない。チームとして一定の規律と強さを維持しながら、若手選手を早く馴染ませ、活躍させることができる。
 
モナコはビルドアップで無理をしない。危なくなれば躊躇なく大きく蹴り出す。ボランチには守備力の高い選手を起用するが、彼らに高度な組み立ては要求していない。過剰な要求は1つもない。サイドハーフは中へ入ってゲームを作るタイプも外へ張るタイプもいるが、サイドバックとの連係によるサイドアタックがメインの攻め手になっている。2トップはクロスボールに強いファルカオと速いFWの組み合わせ。コンパクトな守備ブロックで守り、奪ったらシンプルなカウンターで崩す。時間がかかったときはサイドバックのオーバーラップを使う。フィニッシュへのアプローチはサイドからのクロス。こう書くと本当に何の変哲もない[4-4-2]のチーム。色をつけるのは選手である。
 
戦術の平凡さが選手の非凡さを際立たせる。引き抜かれることを前提に、育成しながら強さを維持するための最適解がこれなのだ。

文/西部 謙司

1995年から98年までパリに在住し、サッカー専門誌「ストライカー」の編集記者を経て2002年からフリーランスとして活動。主にヨーロッパサッカーを中心に取材する。「フットボリスタ」などにコラムを寄稿し、「ゴールへのルート」(Gakken)、「戦術リストランテⅣ」(ソル・メディア)など著書多数。Twitterアカウント:@kenji_nishibe

theWORLD192号 2017年11月23日配信の記事より転載

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