最後まで“人柄にじみ出る” イニエスタ「皆さんを近くに感じたかったし、近くに感じてほしかった」

神戸のユニフォーム姿をもう観ることはできない photo/Getty Images

もたらしてくれたものは計り知れない

 試合後、会見場を埋め尽くした報道陣に神戸の広報は恐縮したように伝えた。

「イニエスタ選手はロッカールームで話をしているそうです、シャワーを浴びた後でここにきますが、まだシャワーを済ませていないそうです。もう少し時間がかかりそうですので、しばらくお待ちください」

 万感の想いを胸に『名手』イニエスタがこの地を離れる。苦楽を共にしたチームメイトとの別れはどれほど時間があっても足りないものだったのかもしれない。常に何事にも真剣で真摯に向かい合う。試合後の退団セレモニーでもその姿勢が垣間見えたが、会見の言葉にも彼の人柄が表れていた。
「自分として心がけてきたことは常に最大限の努力、100%の努力で貢献。このクラブにも、この街にもリスペクトを持って向き合ってきた。これだけ長くここにいたのは、それだけ皆さんから感じた好意だったり、リスペクトが大きかったということ」

 特に神戸、そして日本での生活は彼とその家族にとって特別なものだったようだ。

「ここが我が家のようだというのは本当にそう感じているからであって、実際に自分の下のふたりの子供、ロメオとオリンピアも日本にいる間に生まれている。そういう意味でここで得たものは大きかった」

 試合前日には自身のSNSにおいて家族全員で和装をし、神社に参拝する姿を披露してくれた。口先でいうことは簡単だが、彼から伝わってくる日本へのリスペクトは、日本人である我々以上のものが感じられた。

「自分たちは通過地点として(神戸に)きた訳ではなく、ここに家族として住みにきたという感覚を持っていた。皆さんを近くに感じたかったし、皆さんにも近くに感じて欲しかった。そういう中で人として成長できた面があると思っている」

「自分たちがここで得たものはすごく大きかった。同時に自分のことを誇りに思ってくれたり、自分がきっかけで(サッカーに)興味が芽生えた人が多くいることが、自分がやってきたことが間違っていなかったという証明になるし、すごく嬉しい」

 ただここ数カ月、自身を取り巻く環境が大きく変化したことで耐え忍ぶ時間が多くなり、否応なしに決断を迫られることになったことも事実だという。

「この数カ月は確かに難しかった。自分の中でも消化するのが難しかった。その中でも自分はまずしっかりと日々にモチベーションを見出さないといけなかった。それは、スポーツへのリスペクトだったり、日々のトレーニングの中で最大限のモチベーションをもってやっていくことが重要だと思う。同時にこの状況というのは、次に向けてのモチベーションにもつながった。日々の中で自分がまだできる、選手として貢献できる準備ができていると感じていた。サッカーを続けるモチベーションにもつながった。新天地でもサッカーを続けていきたいと思っている。新たにいくところで実際に自分のコンディション、プレイできるのかはいってみるまで分からない。少なくともここに残ったら達成するのが難しいだろうという思いでこの新たな一歩を踏む決断をした」

 思い返せば神戸はイニエスタの招聘と共に高らかに『バルサ化』を宣言した。確かにこの5年間で天皇杯とスーパーカップとふたつのタイトルを手にしたもののサッカースタイル、そして哲学の定着は難しく、それは未だに成されていない。昨年は残留争いに巻き込まれ、なりふり構わぬ戦いを強いられた。そして今年はより強度が高く、縦に速いスタイルを徹底。そこにイニエスタの居場所がないことはこの札幌戦でも明白だった。

 57分にピッチを去る時、真っ先にイニエスタに握手を求めたのは対戦相手のペトロヴィッチ監督で、吉田監督の元にはイニエスタが歩み寄ろうとせず、吉田監督もぎこちなく後ろから肩をポンと叩いただけだった。決して両者の視線が交わることはなかった。

 吉田監督はイニエスタを起用しない決断について「勿論そこは自分にしか分からないことはあるし、彼はスーパースターでずっと(プロ生活を続けて)きて、彼にしか分からない辛さもあったと思う。そういう難しさは自分自身もあるが、どの監督もスタートの11人を選ぶ、ベンチの18人を選ぶというのは非常に難しい決断。そこはどの監督も変わらないと思う」と話した。

 最後にイニエスタ本人によると「まず新天地についていうとまだ分からない。もう少し待たないといけない状況」だという。

「パフォーマンスに関してはもっとできたと思う。ただ人生においてもスポーツにおいてもスーパーヒーローはいない。現実として自分は4、5カ月間チームに継続的に絡んでいない中で、今日、最大限の貢献をできるように自分の全てを出し尽くした。結果は引き分けに終わった。自分としては今日何をした、今日どういう結果だったかというよりは、ここまでやってきたことに対する誇りと達成感の気持ちで今日という日を終えた」

「最後にここに集まってくれている(メディアの)皆さんに感謝を述べたい。いつもリスペクトと愛情をもって接してくれて本当に感謝している。重ねてお礼をいいたい。アリガトウゴザイマス」

 最後までその人柄が伝わってきた。

 彼が明言している通り、我々は何年かしたらまたここ神戸で出会えるはずだ。その日を楽しみに、今はしばしのお別れを嚙み締めよう。

¡Hasta la vista!


文/吉村 憲文

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