ロナウドのリヴァプール移籍は破断 元監督が明かす「当時、我々にはハリー・キューウェルがいた」

若手時代から輝きを放っていたロナウド photo/Getty Images

2003年の夏を回想

かつてイングランドのリヴァプールを指揮していたフランス人監督ジェラール・ウリエは、クリスティアーノ・ロナウドをアンフィールドへ招聘する可能性があったことを明かしている。

1998年から2004年までレッズのボスを務め、マイケル・オーウェンやスティーブン・ジェラードといった名手を指導していたウリエだが、その陣容に当時まだ十代だったロナウドを加える計画があったと告白。マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン氏に先んじてスポルティングの新星に関心を示していたというウリエが、その経緯を語った。英『Daily STAR』を含む複数メディアが同監督の言葉を伝えている。

「U-21のツーロン大会でロナウドのプレイを見た時、我々はすぐに獲得しようと動いた。しかし、給与面での制限を設けていた影響でリヴァプールはロナウドの要求する金額を支払うことができなかったんだ。その後、マンチェスター・ユナイテッドがスポルティング・リスボンと親善試合を戦うと、ユナイテッドの選手たちがファーガソンに『ロナウドという若手を獲得すべきだ』と進言したのさ」

さらにウリエは続ける。

「私はリヴァプールと給与体系のバランスを壊さないよう努めることで合意していた。ロッカールームに問題が生じることは避けたかったからね。もしもロナウドを獲得できていたら我々は多くのタイトルを掲げることが可能だったと思うが、当時のリヴァプールにはハリー・キューウェルが君臨していた。彼はチームでズバ抜けたクオリティーを持つ選手だったし、すごく貪欲な男だ。でも、怪我の多さによって自信を失い、次第にその貪欲さも消えていったよ」

サラリーのバランスを重視し、後に世界を制する男クリスティアーノ・ロナウドよりも、ロッカールームの秩序を優先していたリヴァプール。もしもポルトガル代表FWが異なる赤いユニフォームの着用を決心していたとしたら、プレミアリーグの勢力図には多少なりとも変化が生じていたことだろう。
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