【特集/フットボールを進化させる監督 3】なぜチームは激変したのか!? フランクフルトを目覚めさせたコヴァチ

“計画→準備→実戦”の徹底が今季の躍進を生み出した!?

“計画→準備→実戦”の徹底が今季の躍進を生み出した!?

フランクフルトを率いるコヴァチ photo/Getty Images

名選手、名監督にあらず──。

よくこう言われるが、一方で名選手が名監督になる可能性が高いのも事実で、やはり現役時代の経験は指導者になったときに大いに役に立つ。2015-16のシーズン終盤からフランクフルトを率いるニコ・コヴァチは、クロアチア代表として2002年日韓W杯、2006年ドイツW杯に出場するなど国際試合で活躍した。バイエルン・ミュンヘンに所属した2001-02から2シーズン過ごしたバイエルン・ミュンヘンでは、ブンデスリーガ、トタヨカップ(現クラブW杯)で優勝を飾っている。いわば、華々しい現役時代を過ごした名選手だった。

引退後はRBザルツブルクのジュニアチーム監督を経て、同クラブトップチームのアシスタントコーチに就任。その後、クロアチアU-21代表監督、クロアチア代表監督を歴任した。2014年ブラジルW杯ではクロアチア代表を率いてブラジルと開幕戦を戦っている。
こうした経歴を持つコヴァチがフランクフルトの監督に就任したとき、チームは残留争いの渦中にいた。そして、終盤戦に3連勝してなんとか16位に滑り込み、ニュルンベルク(2部3位)との入れ替え戦に勝利してぎりぎりのところで1部残留を果たしていた。

苦戦した昨シーズンから大きくメンバーが入れ替わったわけではない今シーズン、コヴァチに率いられたフランクフルトはあれよあれよと勝点を積み上げ、第21節を終えた現在5位をキープしている。開幕前の下馬評は決して高くなかっただけに、この成績は驚きを持って迎えられている。ブンデスリーガの公式HPにおいて、コヴァチ自身も「たしかに驚きでしょうね」と語っている。一方で、「私自身はそんなに驚いていません。連携、戦術、技術、精神力などすべての面が以前よりも良くなっています」とも語っている。

とはいえ、チームは短期間で劇的に変化するものではない。コヴァチはなにを行なったのか? ひとつ指摘するなら、「現役時代に組織的な守備を持つ相手には本当に苦しめられた」(コヴァチ)との経験から、コーチを務める弟のロベルト・コヴァチ、同じくコーチのアルミン・ロイタースハーン(かつてハンブルガーSVで選手とコーチの関係だった)らと意見を合わせ、守備組織の構築に着手。その成果として、背水の陣で戦っていた昨シーズン終盤とは違い、バランスの取れたコレクティブな守備が行なわれている。

前線にアレクサンダー・マイアーやブラニミール・フルゴタを残して9人、10人で守ることも多いが、自分たちの力と相手の力を比べたときにそうしたサッカーのほうが勝点を取れるとなれば、それは正しい選択となる。また、単に人数をかけて守っているわけではなく、前線から連動して追い込む動き、外されたときにリトリートする動きが徹底されている。結果、目に見えて失点が減っており、第21節を終えて20失点はバイエルン、ケルンに次ぐ少なさとなっている。

また、必要であれば得点源のマイアーを先発から外すこともあるなど、試合ごとの狙いが徹底されており、戦術を浸透させるため非公開練習も数多く取り入れている。つまり、今シーズンのフランクフルトは計画→準備→実戦の流れがしっかりしていて、これが好結果につながっている。チームが良いサイクルで動いているのだ。

選手の才能を見極め、多彩なシステムを披露

選手の才能を見極め、多彩なシステムを披露

コヴァチが絶大な信頼を寄せている長谷部 photo/Getty Images

多彩なシステム変更もまた、注目を集めている。開幕からここまで、採用したシステムは細かくみると実に9つに及ぶ。[4-1-4-1]にはじまり、[4-2-3-1]、[3-4-3]、[4-3-3]、[4-4-2]、[3-5-2]など……。出場する選手、対戦相手に応じて、コヴァチはさまざまな選択をしている。もちろん、ケガ人が出て止むを得ず決断しなければならなかったケースもある。しかし、新たなポジションでプレイすることで新境地を開拓した選手もいる。もっともわかりやすい成功例が、長谷部誠だ。

フランクフルト加入後、守備的MFや右サイドバックを務めていた長谷部が、9節メンヘングラッドバッハ戦で3バックの中央に起用された。与えられたのはリベロ的な役割で、統率力、視野の広さ、カバーリング能力の高さ、ポジショニングの良さなどを買われての起用だったが、この試合を無失点(0-0)で終えると高い評価を得た。

「本人に『日本の象徴だった宮本(恒靖)みたいだ。いまはキミが日本の象徴だよ』と伝えた」(コヴァチ)

「(長谷部は)日本のベッケンバウアーのようだ」(ブルーノ・ヒュブナー/フランクフルト・スポーツディレクター)

コヴァチは現役の晩年にザルツブルクで宮本と一緒にプレイした経験があるので、この発言になったのだろう。長谷部のリベロ起用は10節ケルン戦(1-0)、11節ブレーメン戦(2-1)と続き、この3試合を2勝1分けで乗り切って新しいポジションを完全に自分のものとした。現在はチーム事情によって守備的MF、リベロを試合ごとにこなしている。直近では20節レバークーゼン戦で久々にリベロを務めたが、この試合には0-3で完敗している。

マルコ・ファビアンもまた、コヴァチのもとで評価を高めた選手だ。昨シーズン途中の2016年1月にグアダラハラ(メキシコ)から加入したファビアンは、その獲得が疑問視されていた時期があった。しかし、「ファビアンはまったく別のリーグから加わった。気候もぜんぜん違うのだから、いろいろと考慮しないといけない」(コヴァチ)と語る指揮官から信頼を受けて開幕を迎えた今シーズンは、13試合出場3得点という数字を残している。

いまでは、ファビアンはメディアから「ブンデスリーガのなかでもトップクラスの選手」との評価を得ている。ただ、腰椎に問題を抱えていて後半戦になってプレイできていない。守備力に比べて攻撃力が乏しいフランクフルトにとって、得点にからむ仕事ができるファビアンには1日も早く復帰してほしいところである。

とはいえ、コヴァチは選手の能力を見極めて適材適所に起用するのがうまい監督であり、選手をやり繰りして最適なシステムを見つけ出すのがうまい監督だ。これからシーズン終了までの間に、選手起用やシステムにおいて、なにかまた新しい試みを見せてくれるかもしれない。

文/飯塚健司

サッカー専門誌記者を経て、2000年に独立。日本代表を追い続け、W杯は98年より5大会連続取材中。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。サンケイスポーツで「飯塚健司の儲カルチョ」を連載中。美術検定3級。

theWORLD183号 2017年2月22日配信の記事より転載

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