[予想外の4大リーグ総括! 1]レスター・シティ 奇跡への道程

昨季の残留劇から奇跡は始まっていた

2016年5月16日。クラウディオ・ラニエリ監督と選手たちは、青いオープントップのバスの2階で優勝カップを脇に抱えながら手を振り、沿道のファンの声援に応えた。「信じられない。こんなに多くの人たちが集まってくれた。選手が心と魂を込めて戦い、そして頂点に立ったからだろう。それをみんな分かってくれている」と指揮官は感無量の様子だった。月曜日の夕方だというのに、主催者の最大18万人という想定をはるかに超える、約24万人がレスターの町を埋めた。鈴なりのファンが、ジェイミー・バーディやリヤド・マフレズ、カスパー・シュマイケルらに声援を送る。同じくらい、「オカザキ!」「シンジ!」と声援が飛んだ。岡崎慎司も「チームとして凄いことをしたんだなって初めて実感した」と喜びを噛みしめた。

昨季は何とか残留した弱小チームが、38戦して23勝12分け3敗。勝ち点81で結果的に2位のアーセナルに勝ち点10差をつけ、優勝した。この現代に起こった奇跡。目の当たりにした大勢の人たちが、そのお祭りムードに酔いしれた。

2 0 1 5年4月4日。いまから考えれば、奇跡はこの日から始まったのだろう。昨季、ナイジェル・ピアソン監督の下、プレミアリーグに再昇格したが苦戦が続いた。最下位を独走し、降格は確実、と思われた。ところがホームでのウェストハム戦。1 – 1で迎えた8 6分にアンディ・キングが決勝ゴールを決め、2 – 1で競り勝ち、このシーズン5勝目となる9戦ぶりの勝利を挙げた。このあとレスターは破竹の勢いで、このウェストハム戦を含めて残り9戦を7勝1分け1敗で乗り切る。最終順位1 4位で奇跡の残留を果たした。
そして迎えた今季の開幕戦はホームでのサンダーランド戦。レスターはバーディが先制点を決めると、マフレズがP Kを含む連続2ゴールで追加点を決め、4 – 2で勝ち切った。開幕先発を勝ち取った岡崎は、ゴールこそなかったが攻守に活躍してフル出場。この勝利でレスターは首位でスタートを切った。

この日から1カ月ほど前の6月3 0日、残留の立役者だったピアソン監督が突然、解任されている。岡崎の移籍が発表された4日後のことだ。5月に息子のジェームス・ピアソンを含む3選手がタイ人女性と破廉恥な行為に及んだ末、この女性に人種差別的な言葉を浴びせる動画が流出。3選手は解雇されたが、これに絡んでピアソン監督と役員会が修復不可能なほど関係が悪化したことが、解任の原因だったと言われている。

7月1 3日に後を引き継いだラニエリ監督の就任が発表。そのわずか2 6日目に迎えた開幕戦で、勝利を収めたのだ。

深まる信頼関係、そしてバーディ爆発

先制されてもしぶとく追いつく戦いぶりで、チームは6戦終えて無敗と波に乗る。特にバーディは8月29日のボーンマス戦以降、毎節得点を重ねていた。初めて土がついたのは9月26日の第7節アーセナル戦。バーディは2得点を決めたが、守備網を引き裂かれ、サンチェスにハットトリックを許して2-5で大敗。順位を6位に下げた。しかしラニエリ監督は「まもなく10月で初敗戦は悪くない。次戦はまた開幕戦のつもりで戦う」と前向きだった。

ラニエリ監督は、選手たちを率いてレスター市内のピザ店を訪れたこともあった。10月24日のホームでのクリスタルパレス戦で、バーディが7戦連続得点を決めて1-0で勝利。公式戦12試合目で初めて無失点で勝利した。これを受け、指揮官がかねてから選手に約束していた「クリーンシートならピザをおごる」という約束を果たすためだった。ただ食べるだけでなく、選手らは生地をこね、自分たちでそれぞれピザを自作して食べた。「ハードワークを理解し、それを楽しむことも重要だ」とラニエリ監督は満面の笑み。料金は指揮官がポケットマネーで支払った。

そんなふうに指揮官との信頼関係が深まるなか、チームは快進撃を続ける。11月21日のニューカッスル戦では、岡崎が2-0で迎えた73分から途中出場。10分後、ゴール前で高く上がったボールを岡崎がヘディングシュートしたが空振りした。高くバウンドしたボールは岡崎の額へ当たり、GKが取ろうとしたところを岡崎は右足で押し込んだ。「一世一代の珍プレーです」と苦笑い。不格好だったが今季2点目を決めた。これでレスターは敵地でニューカッスルに3-0で快勝し、リーグ4連勝で首位に返り咲いた。

次戦のホームでのマンチェスター・ユナイテッド戦では、前人未到の記録が生まれた。バーディがプレミア新記録達成となる11戦連続ゴールを決める。このころからレスターの快進撃は「奇跡か」と言われるようになった。

岡崎のオーバーヘッドも炸裂 そして夢は現実へ

2016年2月6日、エティハド・スタジアム。負ければ2位マンチェスター・シティに首位を明け渡す天王山だった。だが明らかに精彩を欠いたマンCに対し、レスターは敵地で走り回って圧倒。3-1で勝利し、勝ち点差を6に広げて首位独走態勢に入った。岡崎は強さの秘密について「バランスがいい。各ポジションにフィットする選手がいる」とチーム構成と戦術がマッチしていることを挙げた。

3月14日にはド派手な歓喜が待っていた。ニューカッスル戦で岡崎がオーバーヘッドキックによる決勝点。日本でも大騒ぎになった。そして4月10日のサンダーランド戦。敵地でバーディーが2得点を決め、5連勝で4位以上を確定。来季の欧州チャンピオンズリーグへの出場権を獲得した。だがラニエリ監督に笑みはなく「大事なのは次の試合。それ以上は見ていない」といつも通り、慎重な姿勢で多くは語らなかった。

スウォンジー戦では出場停止だったバーディーに代わって先発したウジョアが2得点を決める活躍で、4-0で圧勝した。ラニエリ監督は「試合前、選手たちにこう言った。『夢を現実にするときが来た。すべてを出し切れ。たとえトッテナムが優勝しても、後悔しないよう、すべてを注げ』。今日は選手からすばらしい答えをもらった」と明かした。

5月1日、マンチェスター。勝てば初優勝が決まるレスターと、来季UCL出場権獲得のため、負けられないマンチェスター・ユナイテッドとの激戦。結局1-1で終わり、レスターの優勝は決まらなかった。翌日、選手たちはレスター近郊のバーディの自宅に集まり、チェルシー×トッテナム戦を観戦していた。「あんなに別のチームを応援したことはない。サポーターと同じような気持ちで見ていた」と岡崎。試合は2-2で引き分け、レスターの優勝が決まると、肩を組み、抱き合って歓声をあげた。

1884年の創設以来、132年目にして、レスターは初めてイングランドのトップリーグを制覇した。一昨季にプレミアへ再昇格し、昨季は壮絶な残留争いの末、14位で残留を果たした弱小チーム。それが、世界のスポーツ史上に残る奇跡の優勝を成し遂げたのだ。

文/原田 公樹

theWORLD174号 2016年5月23日配信の記事より転載

記事一覧(新着順)

電子マガジン「ザ・ワールド」No.291 究極・三つ巴戦線

雑誌の詳細を見る

注目キーワード

CATEGORY:コラム

注目タグ一覧

人気記事ランキング

LIFESTYLE

INFORMATION

記事アーカイブ