[今語りたいフットボーラー! 4]乾はなぜ鬼門リーガで成功したのか 香川と過ごしたセレッソ時代に掴んだ“どっちも生きる”感覚とは

飛躍へのキーワードは周りとのコチョコチョ

飛躍へのキーワードは周りとのコチョコチョ

乾の挑戦したリーガは日本人選手がなかなか結果を残せない鬼門だった photo/Getty Images

ドイツでの乾貴士が不完全燃焼だった理由は、本人の中ではとても明確だった。

ちょうど1年前、ブンデスリーガでのラストシーズンを終えた彼に「スペシャル」というテーマで話を聞く機会があった。一般的には、“セクシーフットボール”を掲げる野洲高校時代から、その象徴的存在として注目された「個人技」こそ彼の武器であると見る向きが強い。しかし彼は、自身に対するそうした偏見をあっさりと否定した。

「よく『ドリブル』とか『個人技』と言われるんですけど、それは違いますね。スペシャルじゃありません。特別な武器なんて、ないんですよ。プレイとして好きなのは、周りとコチョコチョする感じのプレイですね。感覚さえ合えば、その人の力を引き出せるのが自分の特徴というか……」


今シーズンにおけるリーガ・エスパニョーラでの挑戦を「成功」と捉えるなら、それを導いたのは彼が言うところの「周りとコチョコチョする」ができているからに他ならない。乾が最も得意としているのは、圧倒的な個人技を駆使して局面を打開するプレイではなく、チームメイトとの連係を“歯車”の1つとして機能させることだ。


「海外に出ると、個人技だけで勝負できるほど甘くないですよ。メッシにはなれない。どちらかと言うと、イニエスタを目指すべきなんですよね。そういうことを思いはじめたのは、セレッソ大阪で(香川)真司たちとプレイしてからかな。“どっちも生きる”という楽しさを覚えて、自分にはそれが向いていると思ったんです」


ドイツでは4シーズンを過ごしたが、セレッソ時代に感じた“どっちも生きる”充実感を再び覚えることはなかった。事実上のラストイヤーとなった2014-15シーズンは、27試合に出場。チームは9位とそこそこの成績を残したが、乾にとっては「キツイ1年」だった。


「試合に出してもらいながら結果を残せなかったので、不甲斐なかったし、キツかったです。チーム自体もそれほどうまくいっていたわけではなかったので……。ドイツでは僕みたいに“周りとコチョコチョする”ことを得意とする選手がいなかったので、そういうところに物足りなさは感じていました。移籍? まあ、ぶっちゃけしたいですけど、こればっかりはわかりません」


エイバルへの移籍が発表されたのは、含み笑いを見せながらそう話した数週間後のことだった。

チームカラーのカウンターが乾のプレイをさらに輝かせる

チームカラーのカウンターが乾のプレイをさらに輝かせる

レアル戦ではスペイン『MARCA』の採点でチーム最高点の「6.5」がついた photo/Getty Images

バスク地方のビルバオとサンセバスチャンという大きな町の間にあるエイバルは、街の規模もクラブの規模も小さい。スタジアムの収容人数は5000人程度で、2009年まで18年連続で2部リーグに在籍していたという典型的な地方クラブである。昇格クラブがトップリーグで戦うためには守備的にならざるを得ず、アタッカーである乾もまた守備に追われる時間が長い。


それでも、ドイツにおける“中堅以下”のクラブと、スペインにおけるそれではサッカーの質がまるで異なる。メンバーの75%をスペイン人が占めるエイバルは、千載一遇のカウンターのチャンス、あるいは限られた攻撃チャンスにおいて、乾が言う“周りとコチョコチョする”プレイが頻繁に発生するのである。今シーズンの乾が多くのチャンスに絡み、国内でも一定の評価を得るだけの活躍を見せることができている理由は、まさにそこにある。


バルセロナやレアル・マドリード、アトレティコ・マドリードと対戦すれば、もちろん点差以上の圧倒的な力の差を見せつけられる。シーズン序盤に快進撃を見せた勢いも徐々に下降し、4月16日の第33節レアル・ソシエダ戦まで8戦勝ちなしという苦しい時期も経験した。とはいえ、第33節を終えて9位という成績は、スタジアムの収容人数5000人のクラブ規模を考慮すれば大躍進と言っていい。その絶対的な「中心」とは言えないまでも、乾はピッチに立てばチームメイトとの連係からチャンスを作り、存在感を示している。


デビュー戦となった第5節レバンテ戦では、得意の個人技で左サイドを突破し、アウトサイドの美しいラストパスでアシストを記録。このプレイによって特長を印象づけた乾は、彼と同じく、“周りとコチョコチョする”プレイを好むチームメイトからの理解を得た。第19節のエスパニョール戦、続く第20節のグラナダ戦ではゴールを記録。連勝を成し遂げたこの2試合で注目度はさらに高まり、第25節のセルタ戦でもゴールを奪った乾は、チーム随一のアタッカーとしての地位を確立した。


卓越したテクニックを持つアタッカーは個人による局面の打開を期待されるが、乾はそういうタイプの選手ではない。一騎打ちより、集団戦。それを理解し、能力を引き出し合える仲間がいる環境が、あの中村俊輔でも成し遂げられなかったリーガ・エスパニョーラでの成功を呼び込もうとしている。



文/細江 克弥

theWORLD173号 2016年4月23日配信の記事より転載

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