[躍進するストライカーたち 2]“偽”よりも“本物”、リーガで生まれた新たな9番像

“偽9番”よりも、今こそ求められるフィニッシャー

「ファルソ・ヌエベ」。

日本で「偽9番」と訳されるこのスペイン語は、現在バイエルンを率いるジョゼップ・グアルディオラがリオネル・メッシを3トップの中央のポジションで起用して以降、サッカーファンの間にも広く浸透した。この新たな概念の登場によって、バルセロナとスペイン代表が数々のタイトルを獲得し、黄金時代を謳歌したことは記憶に新しい。

しかしこの時、ストライカーたちにとっては受難の時代だった。バルセロナでは、ダビド・ビジャやズラタン・イブラヒモヴィッチが“天職”と言えるポジションでのプレイを許されず、スペイン代表でも、フェルナンド・トーレス、ロベルト・ソルダード、アルバロ・ネグレドが、“10番”のセスク・ファブレガスに居場所を奪われた。代わって台頭してきたのが、ウインガー出身のアタッカーたちである。昨季のリーガ・エスパニョーラにおける得点ランキング上位5傑を見ても、メッシ、クリスティアーノ・ロナウド、アントワーヌ・グリーズマン、ネイマール、カルロス・バッカ(現ミラン)となる。このうち最初の3人はもともとウイングが本職だった選手たち。ネイマールにしても、ストライカーというよりはドリブラー。純粋なストライカーと言えるのは、バッカだけだった。
翻って、今季のリーガでは、「ストライカー復権」とも言える現象が起きている。15節を終えた時点で、13ゴールを挙げているルイス・スアレスを始めとして、レアル・ソシエダードのイマノル・アギレチェ(12ゴール)、アスレティック・ビルバオのアリツ・アドゥリス(10ゴール)、ラージョ・バジェカーノのハビ・ゲラ(9ゴール)、ベティスのルベン・カストロ(8ゴール)ら、純粋な9番タイプの選手たちが得点ランキングの上位を占めている。乾貴士が所属するエイバルのボルハ・バストン(7ゴール)も、同じタイプに部類される選手だろう。

なかでも、アドゥリス、R・カストロら、ペナルティエリアでこそ本領を発揮する古典的なストライカーたちの躍進は、2人が共に30代半ばという年齢も相まって、大きな話題となっている。その背景にあるのは、スペイン国内でのポゼッション信仰が減退し、カウンター戦術に活路を見出すクラブが増えたことがあるだろう。ボールを奪うと、手数をかけずにゴールを狙う。そこで求められるのは、攻撃の仕上げを担当する“フィニッシャー”としての役割である。もちろん彼らにも守備のタスクは課せられているが、あくまで期待されているのはゴールを決めること。ゴールを奪う術に長けた彼らの存在価値が再び上昇カーブを描いているのも、カウンター色の高まりと無関係ではない。

ただし、フィニッシャーの存在自体は、何も目新しいものではないだろう。21世紀以降を振り返っても、ディエゴ・トリスタンやロイ・マカーイ、ルート・ファンニステルローイなど、リーガには優秀なフィニッシャーたちが数多く存在した。しかし、そんな彼らと一戦を画した存在であるのが、スアレスだ。

新種のストライカー像 “本物の9番”スアレス

地元メディアが、「ファルソ・ヌエベ」の反義語に当たる「ベルダデーロ・ヌエベ(本物の9番)」と彼を呼ぶように、スアレスはバルセロナにとって待望のストライカーだった。今回のFIFAクラブワールドカップ開幕前までに、バルセロナでの公式戦64試合に出場して44ゴールをマーク。鋭い突破と強靭なフィジカル、そして類まれなる得点感覚を持った彼の登場が、クラブ史上2度目の3冠達成の呼び水ともなった。とはいえ、スアレスは、ロマーリオやロナウド、エトーらクラブの歴代ストライカーたちとは、どこか違う。野性味に溢れ、独力でもゴールを奪う力を持っているのは確かだが、一方で献身的なプレスを怠らず、攻撃時にはサイドに流れたり、フリーの味方がいれば率先してパスを送ったりする。そのプレイぶりから、ある地元メディアは、スアレスを「エトーとストイチコフの中間にある9 番」と呼んだくらいだ。つまり、“同科の別種”と言えるだろう。

フィニッシャーとしてはもちろんのこと、“ゴールの演出家”としても、また“ファーストDF”としてもその姿を変えることができる。もはや、ペナルティエリアの王様然としたストライカーはマイノリティとなっているが、ここまでストライカーとしてのキャラクターを残しつつも、一方でオールラウンドなプレイも可能な選手はこれまでのリーガには存在しなかった。実際、「ファルソ・ヌエベ」の誕生以降、唯一バルセロナで輝いているストライカーという事実が、スアレスという存在の特異性を証明している。

対照的に、スペイン代表は今も「ファルソ・ヌエベ」の呪縛から逃れられない。ビセンテ・デル・ボスケ監督は、ブラジル出身のジエゴ・コスタを同国代表に招集して、何度もチャンスを与えているが、成功を収めたとは言い難い。ユーロ2016予選でチームトップスコアラーだった、バレンシアのパコ・アルカセルは、機動性の高さと得点感覚を兼備する“新9番候補”だが、リーガではここまで6ゴールとやや物足りなさを感じる。チームの不振もあるが、彼より多くのゴールを奪っているのは、デポルティーボのルーカス・ペレスやセルタのノリートら、やはりウイングタイプの選手である。そのハードルはかなり高いとはいえ、スアレスのようなスペイン人FWが現れた時、リーガにも真の意味で新たなストライカー像が誕生したと言えるかもしれない。

文/北川 紳也

theWORLD169号 2015年12月23日配信の記事より転載

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