F・ルイスだけじゃない! アブラモビッチ氏の補強失敗ランキング

1位は予想通りの……

1位は予想通りの……

莫大な補強費をチームに投資してきたアブラモビッチ氏 photo/Getty Images

チェルシーDFフィリペ・ルイスのアトレティコ・マドリード復帰がほぼ確実となり、『テレグラフ』はチェルシーのオーナーであるロマン・アブラモビッチ氏がサインした最悪な16人の選手と評し、失敗に終わった補強をランク付けしている。

16位:グレン・ジョンソン(ウェストハム→チェルシー)

アブラモビッチ氏がオーナーに就任して初めての獲得選手となったジョンソンは、当時イングランド代表のサイドバックを務めていた元マンUのガリー・ネビルを超える存在だと評されたが、守備を重視するモウリーニョ監督がパウロ・フェレイラを重用したこともあり、徐々に出場機会を失った。2006年ワールドカップのイングランド代表からも漏れ、チェルシー移籍は失敗に終わった。

15位:フィリペ・ルイス(アトレティコ・マドリード→チェルシー)

今夏に放出されようとしているルイスは、昨夏に1580万ポンドの移籍金で獲得したものの、リーグ戦で9試合しか先発出場していない。左サイドバックのレギュラーは常にアスピリクエタであり、ルイスも守備を重視するモウリーニョ監督の中ではファーストチョイスになれなかったということか。

14位:イジー・ヤロシーク(CSKAモスクワ→チェルシー)

2005年にチェルシーに加入したヤロシークは、リーグタイトル獲得に貢献したものの、わずか半年でバーミンガムにレンタル移籍させられている。結局戻ってくることはなく、その後セルティックへ移籍した。

13位:ヨッシ・ベナユン(リバプール→チェルシー)

リバプールで個性的なドリブルを武器に活躍していたベナユンは、2010年夏にチェルシーへ移籍。移籍金は550万ユーロだったが、同紙は全て無駄金に終わったと伝えている。ベナユンはほとんどプレイすることなく、ライバルクラブのアーセナルへレンタルで放出された。

12位:エルナン・クレスポ(インテル→チェルシー)

インテルから1680万ポンドの移籍金で獲得したクレスポは、イングランドの環境に馴染めず、所属した5年間で49試合にしか出場していない。モウリーニョ監督の構想外となった2004年からはミランへレンタル移籍し、2006年からはインテルへ同じくレンタル移籍。結局チェルシーに戻ってくることはなかった。

11位:アシエル・デル・オルノ(ビルバオ→チェルシー)

アスレティック・ビルバオから800万ポンドの移籍金で獲得したデル・オルノについて同紙は、最も目立った瞬間がチャンピオンズリーグ・バルセロナ戦で、メッシへの激しいタックルでレッドカードを提示された時だったと伝えている。結局チェルシーはバルセロナに敗れ、デル・オルノもそれに引きずられるようにバレンシアへと移籍した。

10位:スコット・パーカー(チャールトン→チェルシー)

チャールトンから1000万ポンドで獲得したパーカーは「新しいデニス・ワイズ」といわれ、マケレレやランパードの負担を軽減できる選手として期待されたが、ほとんど出場機会が無かった。結局加入から1年でニューカッスルへと放出された。

9位:マテヤ・ケジュマン(PSV→チェルシー)

オランダ・エールディビジで122試合出場105ゴールという驚異的な記録を持っていたケジュマンは、2004年夏に550万ポンドで加入。しかしオランダ時代の面影は見られず、25試合に出場して4ゴールしか挙げることは出来なかった。その後2005年にアトレティコ・マドリードへと移籍した。

8位:マルコ・マリン(ブレーメン→チェルシー)

2012年にブレーメンから700万ポンドで獲得したマリンは、ロッベンの後継者と期待されたものの、ディ・マッテオ監督の信頼を勝ち取ることは出来なかった。実はマリンは現在もチェルシーの選手であり、2013年にセビージャへレンタル移籍、翌2014年にはフィオレンティーナ、2015年はアンデルレヒトとレンタル移籍を繰り返している。

7位:ハリド・ブラールズ(ハンブルガーSV→チェルシー)

当時ハンブルガーSVでファン・ブイテンと共に強固なDFラインを形成していたブラールズは、2006年にチェルシーへ加入。しかしイングランドに馴染めず、出場はわずか13試合にとどまった。その1年後にはセビージャへレンタル移籍し、2008年には900万ポンドの移籍金でシュツットガルトへ移籍した。同紙はチェルシーがブラールズ獲得に費やした費用の半分しか回収できなかったと伝えている。

6位:ユーリ・ジルコフ(CSKAモスクワ→チェルシー)

複数のポジションをこなせるユーティリティ性を買われてチェルシーへ加入したジルコフだが、アンチェロッティ監督の信頼を得ることはできなかった。チェルシーは同選手獲得へ1800万ポンドを費やしているが、膝の負傷などの影響もあって出場機会は少なかった。

5位:ファン・セバスティアン・ベロン(マンU→チェルシー)

サンプドリア、パルマ、ラツィオとセリエAのスターだったベロンは、当時イングランド史上最高の2810万ポンドでマンUへ加入。しかし目立った活躍は見せられなかった。そんなベロンをチェルシーは獲得し、指揮官を務めていたクラウディオ・ラニエリも同選手が復活すると考えていたようだが、その考えは間違っていたようだ。結局チェルシーでは7試合しかプレイせず、2004年にインテルへレンタル移籍した。

4位:ショーン・ライト=フィリップス(マンC→チェルシー)

アブラモビッチ氏の高価なミスの1つであるライト=フィリップスは、推定2400万ポンドでチェルシーへ加入。しかしモウリーニョ監督の下では15試合しか先発出場はなく、その後もポジションは確保できなかった。2008年に850万ポンドの移籍金でマンCへ復帰。チェルシーは大損をすることになってしまった。

3位:アンドリー・シェフチェンコ(ミラン→チェルシー)

ミランで大爆発していたシェフチェンコは、全盛期を過ぎていながら3000万ポンドの移籍金でチェルシーへ加入。しかしロンドンでは地獄の日々が待っており、06-07、07-08シーズン合わせてもリーグ戦で9ゴールしか挙げていない。シェフチェンコは2008年に古巣ミランへレンタル移籍し、2009年にチェルシー退団が決定した。

2位:アドリアン・ムトゥ(パルマ→チェルシー)

2003年にチェルシーへ1580万ポンドの移籍金で加入したムトゥは、デビュー戦3試合で4ゴールを挙げる幸先の良いスタートを切った。しかし、2004年にドーピング検査でコカインの陽性反応が出たことにより7か月の公式戦出場停止を言い渡され、解雇処分となった。チェルシーはその後ムトゥを訴え、1200万ポンドの罰金を要求する事態となった。

1位:フェルナンド・トーレス(リバプール→チェルシー)

恐らく誰もが予想したであろう1位は、リバプールから5000万ポンドもの移籍金で獲得したフェルナンド・トーレス。当時リバプールで輝いていたトーレスは紛れもなく世界で最もホットなストライカーの1人だった。しかしブルーズではゴール前で沈黙し、初ゴールを挙げるまでに903分間も要してしまった。これはクラブワースト記録である。

こうやって見ると、アブラモビッチ氏が獲得した選手の多くが元のリーグやクラブへ戻っている。マンCから加入し、再びマンCへ戻ったライト=フィリップス、イタリアからチェルシーを挟んでイタリアへ戻ったアドリアン・ムトゥ、ドイツへ戻ったブラールズ。今回のフィリペ・ルイスもその1人となってしまうようだ。

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