【ハリルジャパンの此れまで・此れから #4】“勝負師ハリル”の辣腕の裏で 浮き彫りとなった曖昧な強化ビジョン

2015年3月に発足したハリル体制 photo/Getty Images

代表監督に丸投げのコンセプト作り

技術委員会と代表監督は、同じコンセプトを共有しているべきである。技術委員会は中長期的な強化プランを作成し、コンセプトに即して代表監督を招聘する。模範的なのがドイツだ。2000年に育成改革を敢行したわけだが、コンセプトを明示し、こういう方針で選手を育てて欲しいと、技術委員長が先頭に立って隅々にまで浸透させた。もっとも1980年代にブンデスリーガで活躍した尾崎加寿夫氏によれば、ドイツの場合は当時から「13部リーグのチームまでが同じシステムを採用していた」そうだから、伝統的に国策が徹底されていたことになる。しかも優秀な選手がバイエルンに集まっていく構図が定着しているので、必然的に代表チームは安定的に結果を出し易い。

だが日本の場合は、代表チームのコンセプト作りまで監督に丸投げされている印象が強い。そもそも代表監督の職務執行中に雇用者が代わり、責任の所在が見えなくなっている。2010年の南アフリカ大会を指揮した岡田武史監督を抜擢した責任者は小野剛氏だが、本大会の頃には技術委員長が原博実氏に代わっていた。原氏は南アフリカ大会を総括し、長所を活かしながらゲームを支配しようとアルベルト・ザッケローニ監督を招聘した。 大会直前に守備的な戦術にシフトした岡田監督の戦い方を「これでは限界がある」と判断した結果である。その後は原氏とともに活動をしてきた霜田正浩氏が技術委員長を引き継ぎ、ハビエル・アギーレを経て、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督と契約を交わすわけだが、既に退任して現在は西野朗氏が着任している。問題なのは、代表監督より先に雇用責任者が消えてしまうために、 日本サッカーの指針が曖昧になっていることだ。まして日本の場合は、代表至上が顕著なので始末が悪い。やはり本来なら霜田前技術委員長は旗幟を鮮明にして、なぜハリルが適任なのかを在任中にこそ丁寧に解説し、また去る前にはしっかりと総括する義務があった。

“世界のトップ10”に近づいているのか?

“世界のトップ10”に近づいているのか?

守りを固める中東勢に苦しめられた(写真はイラク戦) photo/Getty Images

もしロシアまで短期的に結果を出すことだけがノルマなら、ハリルホジッチ監督の仕事ぶりは悪くない。 前回のブラジル大会でアルジェリアを成功に導いたベテラン監督が、未知の国へやって来て結果を請け負った。欧州目線の指揮官には、日本に何が足りないかが目につくので、ワールドカップ本大会での惨敗を避け、その上で最低限出場権を確保するために、逆算してチーム作りを行った。軸を成したのが 「デュエル(局面の闘い)」であり、 速攻だった。欧州やアフリカで見て来た個と、日本の個を比べれば、それが唯一無二の方法論だと考えたはずだ。JFAがワールドカップ出場を目指すなら、取り敢えずの目的は達成した。だが少し前まで、JFAは将来の世界トップ10やワールドカップ制覇を目標に掲げていた。当然そのためには横道に逸れない健やかな成長が必須で、今回もコンセプトから外れず質的にも世界との差を縮めることが焦点になるべきだった。要するに問われるべきなのは、 ハリル自身の是非ではなく、JFA本体が未来の大目標の達成へ向けて正しい航路図を描けているかどうかだ。

4年前と比べれば、明らかにアジア内での優位性は縮小した。 ザック時代は、少なくともオマーンやシリアには圧倒的にゲームを支配して快勝している。またその先に、欧州の強豪にも一泡吹かせる可能性を秘めていた。一方今回の予選では、ポゼッション志向へと舵を切ったオーストラリアが本領を発揮できなかったために1勝1分の成績を残せたが、守備や闘うことを主眼としたスタイルの中東勢には随分と苦しめられた。もちろんザックとハリルでは、代表監督を引き受けたタイミングが異なるので、中心選手たちが上げ潮だったザックと比べれば、ハリルのハンディは大きい。2人の間には、日本サッカーに対する評価にも齟齬が生じたことは間違いない。ザックには日本の明るい未来が見えたが、ハリルの目には真逆に映った可能性が高い。つまりハリルホジッチ監督は、 自身で現状を認識し、最も効果的だと考える方法で力強くチームを牽引した。その結果、全員が献身的に戦い、スピーディーなカウンターを仕掛けるコンセプトに染まった。リーダーとしての手腕は確かだ。辛くも本大会への切符も堅持して、ロシアでも前回のような惨敗は避けられるかもしれない。 だが技術委員会は、それで満足なのだろうか。代表監督同様に、 現実を見て志も下方修正したのだろうか。

幸か不幸か、日本の場合は代表の影響が地方の育成指導まで及ぶ。もしロシアでハリルが結果を出せば、それが指針になる。技術委員会は、それで良いのかを早急に突き詰める必要がある。

theWORLD190号 2017年9月23日配信の記事より転載

文/加部 究

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