【特集/フットボールを進化させる監督 5】サンパオリの哲学に欠かせない古典的10番 ビエルサから受け継ぐスタイル

大胆さと緻密さその源流はマルセロ・ビエルサ

大胆さと緻密さその源流はマルセロ・ビエルサ

チリ代表をコパ・アメリカ優勝に導き、今季セビージャを率いるサンパオリ photo/Getty Images

2015年のコパ・アメリカで開催国チリが初優勝。代表チームの宿泊地には、試合後にファンが祝福に押し寄せた。一度はファンの前でピシャリと締められた門を開放させたのはホルヘ・サンパオリ監督だったという。しかも、ファンと選手たちの集合写真を撮ったのも監督だった。サンパオリの「いいオッサン」ぶりを伝えるエピソードである。

負傷でプロを断念したのが19歳。ニューウェルス・オールドボーイズ(アルゼンチン1部)の選手だった。選手は諦めたが、クラブの若手を指導しはじめる。ニューウェルスといえば少年時代のリオネル・メッシがプレイしたクラブだが、最大のビッグネームはスタジアムにその名がついている人物、マルセロ・ビエルサだ。エル・ロコ(狂人)と呼ばれる、サッカー界きっての変人監督。サンパオリはビエルサのサッカーに魅了されたという。

徹底的なマンツーマンのディフェンス、ボールを奪ってからのオートマティックな攻撃、息もつかせぬ切り替えの速さ……。ビエルサの魅力はその大胆さと緻密さにある。前がかりのプレッシングはカウンターのリスクも大きいが、まったく気にする様子はなかった。雌雄を決しようとロスタイムに壮絶な打ち合いになる試合があるが、ビエルサのチームは毎回試合の最初からそんな状態なのだ。それで打ち勝てるチームを作るために、実に緻密で計算されたトレーニングを日々行っていた。ゲームを構成する要素を200以上に分類し、その1つ1つを効率的に練習メニューに落とし込んでいく。それまでの常識では考えられない、いやビエルサ以外は誰もやっていない練習である。

それをサンパオリは間近で見て、学び、解釈した。直接の関係はない。ビエルサ監督の下で選手だったマウリシオ・ポチェッティーノ(トッテナム監督)やエドゥアルド・ベリッソ(セルタ監督)のような直系ではない。ただ、チリ協会がビエルサ監督のサッカーを継ぐ者としてサンパオリを指名したのは、それだけ類似性を認められていたからだ。

サンパオリのサッカー哲学に欠かせない2人の10番

サンパオリのサッカー哲学に欠かせない2人の10番

チリの強豪コロコロやパルメイラスで プレイしたバルディビア photo/Getty Images

監督のキャリアをスタートさせたのはペルーだった。その後チリに渡って2011年にウニベルシダ・デ・チレを率いてリベルタ・ドーレス杯ベスト4、コパ・スダアメリカーナ優勝と大成功を収める。ビエルサ監督の退任後に指揮を執っていたクラウディオ・ボルギを解任したチリ協会は、2012年にサンパオリを招聘した。ウニベルシダ・デ・チレで披露したサッカーは、まさにビエルサのスタイルだったからだ。

2014年ブラジルワールドカップでは前回王者のスペインを撃破。オランダやブラジルとも互角に渡り合った。そして2015年、地元チリで開催されたコパ・アメリカでは、アルゼンチンを破って初の南米王者の座に就いた。サンパオリはこの間に少しだけチームを修正している。ホルヘ・バルディビアである。

真性の10番、いってみれば現代サッカーに居場所がないタイプ。そのバルディビアをあえて軸に据えた。バルディビアは新しい選手ではなく、ビエルサ監督の時代からチリ代表メンバーだった。しかし先発起用は少なく、スーパーサブ的な扱い。強烈なインテンシティが売り物のビエルサ方式には、根本的に合わないタイプだった。そのバルディビアをコパ・アメリカで起用した。意図は攻撃力の強化にほかならない。ブラジルワールドカップのチリも強かったが、手数は多くてもノックアウトパンチに欠けていた。バルディビアの起用は、持ち味の戦闘力を落とすリスクもあったが、優勝するためにバルディビアの技巧とヒラメキが不可欠と判断したわけだ。

2016-17シーズンから指揮を執るセビージャでは、サミル・ナスリが「バルディビア」である。すでにフランコ・バスケスがいて、清武弘嗣もいて、さらにバルディビア以上の古典的10番であるガンソまでいたのに、シーズン途中でナスリを加えた。そして、加入するとすぐにセビージャはナスリのチームになった。画竜点睛を欠いていたセビージャのラストピースが見つかった。

“サッカーは楽しむもの”というビエルサにはない信念

“サッカーは楽しむもの”というビエルサにはない信念

2016年夏、マンチェスター・シティから加入したナスリ photo/Getty Images

サンパオリは信奉するビエルサと同様に、もの凄く勤勉なチームを作る。リスクをものともせず、前線からのプレッシングを続ける勇敢さも共通項だ。格上のチームに対して、引きこもってワンチャンスを待つのではなく、あえて乱戦を挑み、しばしば格上に打ち勝つ。だから彼らのサッカーは魅力的で、民衆にカタルシスを与え、熱狂的な支持を得る。一族が政治家や弁護士だったビエルサには独特の使命感があり、既得権益を保守するようなみみっちいサッカーを拒否した。

民衆に喜びを与えるためには、選手にも会長にも一切の妥協を許さない。だから変人と呼ばれている。ただ、ビエルサのチームは真面目すぎる。一時は敵なしの勢いになるものの、分析され対策が打たれると、その緻密さと徹底性ゆえに変化ができない。終盤の失速が常だった。サンパオリはその轍を踏んでいない。勤勉な集団に自由人を泳がせることで何が起こるか、すでにバルディビアで確認していた。「公務員のような選手を抱えることはできない。選手は楽しまなければならない」

深く引いてDFからボールを預かってやり、サイドへ流れて起点となり、そこから中へ入って10番の仕事をする……。まさにフィールドの自由人であるナスリの啓示によって、セビージャはレアル・マドリード、バルセロナに肉薄するチームに進化している。おそらくサンパオリはビエルサを越えたのだ。

文/西部 謙司

1995年から98年までパリに在住し、サッカー専門誌「ストライカー」の編集記者を経て2002年からフリーランスとして活動。主にヨーロッパサッカーを中心に取材する。「フットボリスタ」などにコラムを寄稿し、「ゴールへのルート」(Gakken)、「戦術リストランテⅣ」(ソル・メディア)など著書多数。

theWORLD183号 2017年2月22日配信の記事より転載

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