【特集/フットボールを進化させる監督 1】名将ジダンはこうして誕生した! “新人”が辿る恩師の足跡

選手としてのジダンに潜むミステリーな一面

選手としてのジダンに潜むミステリーな一面

彼の指導者としてのキャリアは順調だ photo/Getty Images

人は誰でも相反する面を持つものだが、それが極端な場合には不可解な存在に写る。シャイで穏和な若者だったジネディーヌ・ジダンは、ごく希に暴力的かつ刹那的な一面を垣間見せることがあった。最も有名なのは、最後の試合となった2006年ワールドカップ決勝の一発退場だろう。

得点を量産するタイプではないのに、2度のワールドカップ決勝で3得点し、2002年のUCLでは伝説的なボレーシュートを決めた。アシストはもっと多い選手がいるし、守備もあまりできず、運動量もさほど多くない。ただ、ボールコントロールの技術は史上最高クラスで、どんな難局も切り抜ける才能があった。しかし、それをどうチームに役立てたらいいか誰も解答を出せない、不可解なスーパースターだった。エメ・ジャケ、マルチェロ・リッピ、ビセンテ・デル・ボスケといった名だたる監督たち、ジダンとともに栄光をつかんだ彼らも、結局なところただジダンをフィールドに送り出しただけだ。不可解なものを不可解なものとして容認した。それで正解だった。

組織にズレを生じさせた天才的ボール技術

組織にズレを生じさせた天才的ボール技術

優雅なテクニックで観客を魅了していた photo/Getty Images

ジダンが世紀のプレイヤーになれたのは時代のおかげだと思う。どの時代に生まれても名選手になれただろうが、まさに彼がプレイした時代だからこそ輝いた。その時代に、最も合っていない選手だったからだ。ちょうどゾーンディフェンスとプレッシングが行き渡った時期にジダンはプレイしている。規則的でコンパクトな守備戦術によって、ボールアーティストのための時間とスペースが消滅した時代だ。ところが、ジダンはボールを奪われるはずの状況で奪われず、平然とキープして短いパスを味方に渡した。そして、ただそれだけで組織的なプレッシングは崩壊に直面した。コンパクトにしたことで大きく開けてしまった裏と逆サイドという弱点が露わになる。ジダンという不協和音が、緻密な組織守備の旋律を台無しにしていた。英知を尽くした守備戦術にとって、マルセイユの団地で培ったナチュラルな才能が大問題になると誰が想像しただろうか。

恩師より受け継いだ「素のスタンス」

恩師より受け継いだ「素のスタンス」

選手とは深い絆で結ばれている photo/Getty Images

監督になったジダンも相変わらずの自然体で、当たり前のことを当たり前に話し、物事をシンプルに捉える。プレッシングの脅威を脅威と感じなかったように、事大主義には陥らない。世界一リッチで強く、巨大なエゴと組織的な狂気をはらんだレアル・マドリードの中で、ごく普通に正気を保っている姿は崇高ささえ漂う。

ジダンは存在感だけで、ラファエル・ベニテスにうんざりしていた選手たちの士気を回復させた。とはいえ、選手は常に監督の力量を探るものだ。名選手が名監督になれない例には事欠かない業界である。勝てない監督はいずれ見切られるが、40試合無敗の記録更新でその山も完全に越えた。レアル・マドリードの監督に与えられた課題はいつも同じだ。必ずタイトルを獲ることは当然として、大金を払って集めてきたスターたち(とくにアタッカー)を気持ち良くプレイさせること。しかし、そうすると攻撃過多は避けられず、守備の構築に苦労することになる。

ジダンを含む銀河系を指揮したデル・ボスケ監督は、クロード・マケレレを重用して攻守のぎりぎりのバランスを注意深く見守った。マケレレだけでは足りない部分を、スターたちが協力しているか、誰かが一時的にせよ「マケレレ」になろうとしているかを。デル・ボスケも正気の人で、スターは尊重したが癒着はせず、威厳をもってまっとうに接した。その態度はジダンに受け継がれている。ジダン監督の「マケレレ」はカゼミロ、それで守備の破綻を回避した。

ジダンを培った2度のUCLファイナル

ジダンを培った2度のUCLファイナル

イタリアの名将はジダンに多くの影響をもたらした photo/Getty Images

ただ、直接影響を受けたのはカルロ・アンチェロッティだろう。ジダンもアシスタントとしてベンチにいた2013-14シーズンのUCL決勝、アンチェロッティ監督は可変式のシステムでアトレティコ・マドリードと対戦した。[4-3-3]基調のレアルは、[4-4-2]にも変化した。もともとアンチェロッティが導入した[4-4-2]は、アトレティコのスタイルである。アトレティコの成功を見て、シーズン終盤に採用したのだ。それを臆面もなく本家にぶつけて勝利をもぎとっている。2015-16のファイナルも相手はアトレティコだった。ジダン監督はアトレティコにわざとボールを持たせている。本来、レアルは攻撃型の矛であり、アトレティコは典型的な盾なのだが、強制的に矛と盾を交換してしまった。その結果、どちらも持ち味を発揮しないまま延長PKの末にレアルが勝利した。

いつもそうしているわけではない。けれども、必要なときにはやる。いざとなればロナウドもベイルも守備に引かせる。それができるのはジダンだけだ。基本的には美しくエレガントなサッカーの守護者だが、ここというときには背筋が寒くなるほどの冷酷さをみせる。例えば、ペップ・グアルディオラ監督のようには首尾一貫はしていない。むしろジダンは矛盾している。突然の破調によって勝機をつかむ。監督としても不可解だが、それで頂点に立った人であり、彼の中では何の矛盾もないのだろう。

文/西部 謙司

1995年から98年までパリに在住し、サッカー専門誌「ストライカー」の編集記者を経て2002年からフリーランスとして活動。主にヨーロッパサッカーを中心に取材する。「フットボリスタ」などにコラムを寄稿し、「ゴールへのルート」(Gakken)、「戦術リストランテⅣ」(ソル・メディア)など著書多数。Twitterアカウント:@kenji_nishibe

theWORLD183号 2017年2月22日配信の記事より転載

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