【特集/フットボールを進化させる監督 2】ライプツィヒを牽引する“Mr.プレッシング” ドイツにもたらされた新たな息吹

着実に進化を遂げるオーストリア指揮官

着実に進化を遂げるオーストリア指揮官

今季のブンデスリーガで大躍進を遂げている photo/Getty Images

RBライプツィヒを率いるラルフ・ハーゼンヒュットルが、将来的にバイエルン・ミュンヘンの監督になるかもしれない──。2016年12月のある日の『Kicker』誌に、そんな内容の記事が掲載された。可能性を示唆したのは、バイエルンの会長職に復帰することが決まったウリ・ヘーネスで、「(バイエルンが)もしドイツ語を母国語とする指揮官の招聘を考えるなら、ハーゼンヒュットルは3人の候補者のなかのひとりになる」と語っている。

もともと、両者は無関係ではない。1989-90に母国オーストリアのグラーツァAKで現役生活をスタートさせたハーゼンヒュットルは、ベルギー、ドイツのクラブを渡り歩いて2005-06に現役を引退したが、最後に所属していたのがバイエルンⅡだった。本人はそのままユースチームのコーチになることを希望するも、残念ながら願いは叶わなかった。

2006-07にウンターハヒンク(2部)のコーチになったときも最初は“臨時”だった。しかし、シーズン途中にアシスタントコーチとなり、2007-08には監督に昇格。とはいえ、チームはこの間に2部からレギオナルリーガへ降格しており、監督初年度はレギオナルリーガで迎えている。その後、アーレン(2010-11~2012-13)の監督を経て2013-14に2部のインゴルシュタットの指揮官となったが、ここからの経歴は良く知られている。インゴルシュタットをクラブ初の1部昇格に導き、さらに苦戦が予想された2015-16ブンデスリーガでも選手たちの力を最大限に引き出し、“ドナウのプレッシング・モンスター”と呼ばれるアグレッシブなサッカーで大善戦となる11位となった。

運命を変えたラングニック氏との出会い

運命を変えたラングニック氏との出会い

蜜月な関係にあるハーゼンヒュットル監督(右)とラングニック氏(左) photo/Getty Images

ハーゼンヒュットルのサッカーは前線から相手にプレッシャーをかけ、ボールを奪うと素早くタテにつないでゴールを目指すというもの。選手の能力を引き出す力もあり、ピッチ上の選手たちはすすんでハードワークする。インゴルシュタットでは4-3-3を採用し、前線の3枚で相手センターバック、ボランチにプレッシャーをかけ、ときに相手がサイドに逃げる時間も与えずにボールを奪い、大柄で機敏なルーカス・ヒンテルゼーアやスピードに秀でたマシュー・レッキーなどを中心に素早くゴールを狙うサッカーを展開していた。

この優秀な指揮官にいち早く目をつけたのが2012年にRBライプツィヒのスポーツディレクター(SD)に就任し、ブンデスリーガ2部に所属した2015-16は自ら兼任監督を務めていたラルフ・ラングニックだった。詳しい経歴は略すが、ラングニックは「教授」と呼ばれるほどの戦術家で、独自のサッカー哲学を持っている。そして、この教授は兼任監督を務めた2015-16に昇格を勝ち取り、同時進行でハーゼンヒュットルも口説いていた。

「監督として彼(ラングニック)の影響を受けたところがある。インゴルシュタットで素晴らしいタスクをこなしていたが、彼との話し合いのなかで新しい挑戦をしたいという気持ちになった」(ハーゼンヒュットル)

こうした経緯を経て、ハーゼンヒュットルはRBライプツィヒを率いることとなった。

計算し尽くされた驚異のプレッシング

計算し尽くされた驚異のプレッシング

変幻自在のドリブルを活かした中央突破が魅力のナビ・ケイタ photo/Getty Images

対戦相手の実力に関係なく、どんな試合でも素早いプレッシャー、素早い攻撃を仕掛けるのがハーゼンヒュットルのスタイルだ。こうしたサッカーを実現するためには各選手が攻守両面でハードワークすることが必要だが、実際にピッチで行なうのは口で説明するほど簡単ではない。しかし、ハーゼンヒュットルは次のような言葉でその実現方法を簡潔に解説している。

「選手自身が『マイボールのときはもちろん、相手ボールのときにこそ自分の強さを発揮したい』という気持ちでプレーすることが大切だ。チームとして成功したければ、与えられた役割を受け入れ、実行できる選手になる必要がある」

すなわち、重要なのは的確なポジショニングや動きの質、判断力で、指揮官は決して豊富な運動量を求めているわけではない。実際、過去にこんな言葉も残している。

「覚悟や心の準備が質の高さにつながる。なにも、1試合で常にチームとして120Kmや130Kmを走る必要はない。110Kmでも十分だ。各選手が走るコースを効果的に見極め、戦況をうまく把握することができれば結果を残せる」

こうした確固たる信念を持つハーゼンヒュットルに率いられ、RBライプツィヒはシーズン序盤から勝点を積み重ね、第21節を終えてバイエルンに次ぐ2位をキープしている。4位までに与えられる来シーズンのUCL出場権を獲得するのが濃厚で、昇格1年目のチームとしては異例の好成績を収めている。

無論、親会社のレッドブルが潤沢な資金を使って積極的な補強を行なったという事実はある。ティモ・ヴェルナー、ナビ・ケイタといった良質な新加入選手がいなければ、ここまでの快進撃はなかったかもしれない。とはいえ、いくら良質な選手がいてもチームとして機能しなければ好結果は望めない。その点、RBライプツィヒでSDを務める“教授・ラングニック”の目はたしかだった。ハーゼンヒュットルは選手たちを動かす具体的な言葉を持ち、選手たち自身がすすんでハードワークするようになるモチベーションを与えることができる監督である。

また、インゴルシュタットでは4-3-3を採用していたが、RBライプツィヒではおもに4-2-2-2(ときおり4-2-3-1)で戦っており、選手の特長に合わせて柔軟な判断をしている。引き出しの多さ、複数の選択肢を持つのがハーゼンヒュットルで、このあたりは戦術家で知られたラングニックと似ている面がある。そう考えると、RBライプツィヒとハーゼンヒュットルは相思相愛だといえる。

両者は3年契約を結んでいる。この間にブンデスリーガで、さらには欧州の舞台でどんな戦いを繰り広げ、どんな成績を残すのか。就任1年目の現状を考えると、末恐ろしい監督であり、大きな可能性に満ちたチームである。

文/飯塚 健司

サッカー専門誌記者を経て、2000年に独立。日本代表を追い続け、W杯は98年より5大会連続取材中。日本スポーツプレス協会、国際スポーツプレス協会会員。サンケイスポーツで「飯塚健司の儲カルチョ」を連載中。美術検定3級。

theWORLD183号 2017年2月22日配信の記事より転載

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