一度おかしな方向に力が働いてしまうと、正しい方向へ修正するにはより強い力が必要となる。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が率いる日本代表は、ロシアW杯アジア3次予選の初戦だったシンガボール戦に引き分けたことがトラウマとなり、必要以上に大きなプレッシャーを感じたまま戦い続けている。いまも事あるごとに「シンガポール戦の引き分けを長く引きずっている」と語るのはハリルホジッチ監督である。
本来、選手たちが背負っている重責をできるだけ軽くし、十分に力を発揮できる状態にしてピッチに送り出すのが日本代表のまわりで働く人々の役目だが、さまざまな条件がそれを難しくしている。海外組は所属クラブでポジション争いに勝てず、コンスタントに試合に出ることができていない。ゆえに試合感覚が万全ではない。加えて、国内で試合があるときは長距離移動を経てチームに加わっている。インターナショナルマッチウィークに2試合が組まれると、最初の試合でのパフォーマンスがどうしても落ちる。9月のUAE戦、10月のイラク戦では試合2日前に合流した選手もいて、チームにトップコンディションではない選手がいるなかW杯予選を戦った。
かといって、フィジカルコンディションが比較的に整っている国内でプレイする選手たちを起用すべきかといえば、そうすべきだと強く言うこともできない。Jリーグを普段から取材していると、攻守の切り換えを含む試合展開の遅さ。キック、トラップの稚拙さ、一貫性がなく誤審も多いレフェリングなどまだまだ伸ばさないといけない部分が多い。ハリルホジッチ監督が「(代表に呼ぶべき)選手がいない」「Jリーグは少しスピードがある程度」と指摘するのは至極まっとうである。
試合感覚がなく疲れている海外組と、普段決してレベルが高くないJリーグでプレイしている国内組。要はどちらを選択するかの問題で、対戦相手との力関係を考えれば3次予選から国内組をどんどん起用し、戦力の底上げをはかる目的で多くの選手に国際試合の経験を積ませてもよかった。しかし、初っぱなのシンガポール戦に引き分けたことで精神的な余裕がなくなり、さらには国内組で戦った東アジアカップ2015が2分1敗という不本意な結果に終わったことで、ハリルホジッチ監督のなかで国内組の評価が決まってしまった。ここに普段のJリーグ視察が重なり、ついには「選手がいない」と発言するに至っている。
こうした流れのなか、縦への速さ、デュエル(対決、決闘)を重視したチーム強化を進めてきた。結果としてどちらも成果が出ていて、デュエルの勝率、ボールを奪ったあとにシュートまでつなげる時間などは以前よりも高まっている。ハリルホジッチ監督は世界で勝つためのサッカーとして信念を持って現在のスタイルを日本代表に植えつけようとしている。しかし、これは短所を克服しようとする強化で、たしかにこれまで及ばなかった部分については数字が向上しているが、一方で本来あった組織力、攻守両面における連係といった長所が影を潜めてしまっている。
日本代表との対戦を終えたイラクのラディ・スワディ監督は、「日本はアジアのトップクラスのチームのひとつだが、今日はいつものリズムをそんなに発揮できていなかった」と言葉を残した。短所の克服に努めるあまり、長所を見失っている。それが、いまの日本代表の現状だといえる。