【ハリルジャパンへの提言 4】指揮官の教えが選手を悩ませる!? 解消されない守備の致命的な欠陥

攻撃面での“速さ”の追求が守備組織の構築を遅らせる

攻撃面での“速さ”の追求が守備組織の構築を遅らせる

初戦のUAE戦で手痛い敗戦を喫した日本代表 photo/Getty Images

UAE戦での2失点を振り返ると、いずれも危険なポジションでボールを失ったことに原因があった。前半の失点はFKを直接決められたもので、これにつながるファウルは吉田麻也が犯している。

このプレイをさらに遡ると、センターライン付近での大島僚太から酒井宏樹へのパスが弱くなり、慌てた酒井宏樹が相手に当ててマイボールにしようとしたキックが雑になり、UAEの選手へボールが渡っている。「相手にぶつけてマイボールにしようと思った。もっとしっかり当てないといけなかった」と試合後に語ったのは酒井宏樹である。

後半に許したPKは3対1という数的有利な状況にも関わらず平常心で対応することができずにファウルを犯したものだったが、指揮官の教えとボールの取られ方を考えると選手たちが慌てるのも仕方なかった。
自陣のぺナルティエリア付近でボールを持った長谷部誠が相手にパスしてしまい、危険なエリアで不測の事態を招いた。いまの日本代表はヴァイッド・ハリルホジッチからボールを奪われたらすぐに奪い返すことが徹底されている。

すぐに奪い返して、攻撃へ移行しないといけない。こうした意識が働いたことで、有利、不利の判断を冷静に下すことができず、3人で囲んでいるにも関わらずPKを与えてしまった。言われたことを忠実に守ってプレイするのが日本人選手の良いところだが、一方で指示を意識するあまり自由な発想や瞬時に的確な判断を下す柔軟性をなくしてしまうという欠点も抱えている。

言ってしまえば、1点目のFKにつながった酒井宏樹のプレイも一度ディレイし、相手にボールを渡してしっかりと守備の態勢を整えて対応しても良かった。しかし、プレイスピードを速く、縦に素早くという意識が身体と頭に刷り込まれているため、中途半端にボールを蹴ってカウンターを招いてしまった。

いずれも個人のミスというより、指向するサッカースタイルが生んだミスだったと言ってもいい。UAE戦を終えて、「中盤でのボールの失い方が良くなかった。もう少しカウンターを受けないような攻撃をしないといけない。攻撃してカウンター、攻撃してカウンターというのを繰り返していると、アップダウンが激しくて前線の選手たちの余力がなくなってしまう」と分析したのは吉田である。

結果論になるが、UAE戦に臨んだ選手たちのフィジカルコンディションを考えるとこれまでと同じようにプレイスピードを速く、縦へ急ぐことを求めるのは酷だった。その試合にはその試合に相応しい戦い方がある。フレンドリーマッチなら理想を追求するのもいいが、W杯最終予選は勝たなければならないのだからもっと他の選択肢があったはずである。

とはいえ、これまでの強化の流れを考えれば選手の顔ぶれ、戦うスタイルに変化が起こることは考えられなかった。なにしろ、柔軟性がないのがいまの日本代表である。指向するスタイルを貫くべく、ハリルホジッチは「スピードアップと前方への精度の高いパスを期待していた」という理由で国際Aマッ チ初出場となる大島をスタメンで送り出した。実際は多くの選手が本調子ではなく、これがチーム全体の連係の悪さにつながって大島には辛い一戦となってしまった。

もっと主導権を握り、どんどん攻撃を仕掛けられる試合、たとえばその後に行なわれたタイ戦に出場していたら大島の能力はもっと生かされたはずだ。しかし、練習中に右足首を傷めたことでべンチ外となり、そのチャンスは失われている。

必要以上に縦へ急ぐ日本代表 DF吉田が指摘する攻撃の問題とは……

必要以上に縦へ急ぐ日本代表 DF吉田が指摘する攻撃の問題とは……

UAE戦後に攻撃面の改善点を指摘した吉田 photo/Getty Images

タイ戦の前半については、迫力と変化のある攻撃ができていた。とくに、原口元気、酒井高徳が務めた左サイドが機能していて、タイを相手陣内に釘付けにしている時間帯もあった。原口、酒井高徳ともに縦へ突破するだけでなく、ときに中央へ切れ込むプレイがあり、これが相手を混乱させていた。

1トップを任された浅野拓磨も前線に張りつくのではなく、中盤へ下がってボールを受けることで前線にスペースを作り、そこに香川真司、 本田圭佑、原口が飛び込むことでゴールチャンスが生まれていた。18 分に奪った先制点も右サイドからクロスが入るときに逆サイドの原口がしっかりとゴール前にポジションを取り、正確なクロスに頭で合わせてゴールネットを揺らしたものだった。

日本代表の勢いにタイが完全に飲まれていたので、できれば前半のうちにもう1点、2点ほしかったが、追加点を奪えずに前半を終えた。それでも、最少得点差とはいえ1点をリードしていたし、タイとの実力差を考えれがあとは冷静にプレイして落ち着いて追加点を狙えば良かったが、いまの日本代表にそうした余裕はなかった。

後半になると必要以上に縦へ急ぐ悪い面が顔を出し、UAE戦後に吉田が指摘した「もう少しカウンターを受けないような攻撃をしないといけない」という状況に陥っていた。最大のピンチは1-0で迎えた70分にあり、中盤でミスが出てボールを奪われ、カウンターを仕掛けられた。最後はGK西川周作が相手FWとの1対1を防いでゴールを許さなかったが、もし1-1になっていたらラジャマンガラ・スタジアムがどんな雰囲気になっていたか......。そう考えると、勝敗を分けた西川のビッグセーブだった。

この時間帯は日本代表が慌てることで攻撃が単調になっていて、タイに守備のリズムが生まれつつあった。取材ノートを確認すると、68分過ぎに「慌てている。2点目を狙いに行き過ぎ」というメモが残されている。こうした状況のときはリスクを犯して縦へ急がず、試合を落ち着かせる冷静なプレイをしてもいいはずだ。

幸い、70分にカウンターからチャンスを作ったタイがゴールへの色気を出し、前へ出てきてくれた。そして、75分に相手パスが雑になったところを中盤でカットし、ショートカウン ターを仕掛けて追加点を奪うことができた。苦しいときに生まれた待望の2点目である。本来、日本代表は楽になるはずだったが、残りの時間はタイに反撃を受けて押し込まれ、 自陣でプレイすることが多くなった。

試合展開を考えればもうムリをする必要はなかったが、選手たちはパスをつなぐことにこだわり、自陣の深い位置でミスを犯してピンチを招いていた。とくに、80分過ぎの5分間にぺナルティエリア内で2度、その周辺で1度のトラップミスやパスミスがあった。「最後はもう少し落ち着かないといけない。パスをつなごうとしてミスになり、相手に当たってボールを取られていた。つなごうとせずに、あえてクリアしてプレイを切ることも必要だった」と振り返ったのは西川である。

今後は柔軟性のある采配が必要とされる photo/Getty Images

ハリルホジッチが求めているのは、プレイスピードを速く、縦へ素早くボールを入れてゴールを目指すサッカーだ。同時に、守備では高い位置からプレスをかけることを大前提に、 状況に応じて自陣にしっかりとブロッ クを作って対応することも求めている。しかし、攻撃面でのプレイスピードの速さ、縦への速さを追求するあまり、守備組織の構築がどうも疎かになっている。

もう、W杯アジア最終予選はスタートしており、10月6日にはイラク、 さらに11日にはオーストラリアと対戦する。無論、それまでに守備組織を整える時間的な余裕はない。すなわち、日本代表は解消されない不安を抱えたまま次なる戦いを迎えることになる。

文/飯塚 健司

theWORLD178号 2016年9月23日配信の記事より転載

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